Lesson.8
「これで、こうして、こう……で合ってるの?」
鏡の中の自分と睨めっこしながら買ったばかりのコスメたちを使って格闘してみるけれど、正解形が全くもって分からない。
時間を掛ければ掛けるほど、手を動かせば動かすほど思い描いていた顔から遠ざかっていく。
響に付き合ってもらって(という表現が正しいのかはこの場合保留とする)メイク道具を一通り揃えた。鉄は熱いうちに打てということで翌朝頑張って早く起きてメイクを初めて見たのだが、周りに教えてもらえる相手もいない。
仕方なく自己流でどうにかしてみようと思い立ったが、やはりそう簡単にいくものではないらしく洗面所で一人うなり声を上げていた。
美咲が家に来る前に起きてメイクをして変身した自分を見てもらおう、と思い早く寝たため時間的には余裕があった。が、何度も手直しをしたり重ねたりしているうちに刻々と時間は過ぎ、気付けばそろそろ美咲が来る時間となっている。
結局満足いく姿とは程遠く、それどころかすっぴんの方がまだ見られるレベルだ。こんなになってしまったのなら美咲に見られる前に落とそうかと思い、洗顔料を探そうと後ろを振り返る。
「紗月~?どこ行ったの?」
静かな歩き方で足音こそしないが、少しずつ近づいてくる美咲の声にこれは逃れられないと察する。
せめてこの酷い顔を見せずにすむ方法はないのか、とまだ覚醒しきらない頭を回そうとするがそれも無駄な抵抗として終わった。
「あれ、珍しい。昨日起こしに行った時に目が覚めてただけでも奇跡だと思ってたのに。」
と驚くような、嬉しいような、でもどこか寂しそうな響きも感じさせる声音。
美咲は紗月の着ている制服を視界に捉えて洗面所に歩いてくる。
「もう私が起こしにくる必要もなくなっちゃうのかな~?私の朝のお仕事が無くなって楽になるね~……………え?」
そう複雑な響きを交えながら洗面所に入ってきた美咲。声音とは裏腹に朗らかな笑顔を浮かべていたが、鏡に映る紗月の顔を見てその笑顔が凍り付いた。
「待って、待って紗月?何してるの?どうしたの?」
普段の落ち着いていて柔和なイメージはどこへやら、驚きの表情を浮かべている。目を真ん丸と見開き、口をぽかんと開けていて間抜けた顔を作っている。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに我に返った美咲は口を開くが口調に動揺が表れ、声もひっくり返っていた。
「え、と……イメチェン、的な?」
いくら何でも驚きすぎではないか、と思いながらもそのリアクションに何だか恥ずかしくなってきてエヘヘと笑いながら何とか言葉を返す。
「これ、紗月一人でやったの?」
先程までの動揺は感じさせないが、言いたいことを飲み込んでいるような言い方に何だか嫌な予感がする。
「う、うん…。」
「クレンジング。」
押し殺した声音でぽつりとつぶやかれる一言。相槌以外は大抵いつも主語と述語の入った綺麗な文章を話しているのに、珍しい。
「あの、美咲さん…?」
「どうしたの?」
この言葉を告げたらどうなるのだろうという若干の恐怖と数秒間戦い、言葉を絞り出した。
「クレンジングって、何…?」
「取り合えず、全部落としたからね。…大体、あんな厚化粧して学校に行こうとするなんて幾ら何でもあり得ないでしょ…。」
ここ数年ほとんど聞かない、『本気で呆れている』声音で言いながら美咲は手を洗う。紗月のメイクを落としたクレンジングは急遽美咲が家から取ってきたものだ。
かれこれ三十分近い努力の結晶をあっさりと全てなかったことにされ、何をそこまでという気持ちとやっぱり自己流じゃ無理があったかという二つの感情が複雑に入り混じっている。
「別に、そんなに濃くなかったと思うけど…。」
「本気?濃すぎて目、パンダみたいになってたよ?」
「それは言い過ぎじゃない?」
「そんなことない~~。顔見た途端びっくりしちゃったもん。」
「じゃあ、どれくらいが正解なのか美咲が教えてよ。」
自分が加減を分かっていなかったとはいえ、一方的に努力を全部否定されたような気がして拗ねたような口調になる。
いくら美咲相手でも、この言い方はまずかったかも?と思い謝ろうと口を開こうとすると、それを遮るようにぴしゃりと言った。
「うん、いいよ。」
「え?」
「だから、いいよって。私が紗月のこと、可愛くしてあげるよ。」
と言うとやっといつもの柔らかな笑みを浮かべ、洗面台の上に散らかされたままのメイク道具に手を伸ばした。
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