Lesson.6
「美咲、ごめん今日先帰るね。」
終礼が終わり、ざわついた教室の中で紗月は両手を合わせる。
部活がある日も無い日も大抵一緒に帰っているため、とても珍しいその申し出に美咲はきょとんとした顔になる。
「え?もちろん大丈夫だけど…。今日の紗月、なんか変じゃない?」
『変わろう』という決意のもとやっていることなため、そのような指摘はあって当然、むしろ客観的に見て変化があるという証明でもあるので良いことなはずだ。
しかし、怪しまれるのも何だか本末転倒な気もする。でも『美咲の隣にいて恥ずかしくないような女子になる』ために身の回りのアレコレを変えている、というのを本人に直接言うのも気恥しく、結局何も言えないのだった。
「ちょっと帰りに買い物してきたくてさ~。急ぎで欲しくて。」
結局ぼかしを入れて誤魔化してみるけれど、どこか怪しむような美咲にはそんな手通用しない。
「部活終わった後じゃダメな買い物なの?」
ちょっと不満げに唇を尖らせる美咲。そんな仕草が同性の紗月から見てもとても可愛くて息を呑みそうになる。
「う~~ん、買った物を使う時間が長めに欲しいから、出来れば早く帰りたい、かな?」
買おうとしている物が買おうとしている物であるため、練習する時間が欲しい紗月としては部活の後だとどうしても遅いような気がするのだ。
「まぁそれなら仕方ないかな。たまには一人で帰るよ。」
と仕方なさそうで若干寂しそうな顔で笑い、同級生と共に部活へと向かった。
紗月はその足で隣のクラスに行き、響に声を掛ける。
「響、今日放課後空いてる?」
「いや、空いてるも何も部活でしょ?頭でも打った?」
ランニングシューズと体操服の袋を指に引っ掛けながら。
何言ってんの?とありありと現れているその表情は、不良と呼ばれる彼女らしく迫力たっぷりだった。
「ちょっと、買い物に行きたくて。それで、響に付き合って欲しいんだけど、ダメかな?」
「うん?なんであたしがそこで一緒に行くことになるの?紗月一人じゃいけない箱入り娘だったっけ?」
迫力たっぷりな整った顔からパンチの強い言葉が吐きだされていく。
育ちの良さとは裏腹に言葉のチョイスがやたらと攻撃的な彼女はやはり不良と言われてしまう要因なのだろう。
「え、と。……メイク道具を、買いに行こうかと思って…。私一人じゃよくわからないから、響にも付き合って欲しいの…。」
何だかその言葉を言うのが恥ずかしくて、若干尻すぼみになりながらも要件を絞り出す。
そこそこ以上の羞恥心と戦った末の紗月の言葉を響はゲラゲラと笑いながら
「え、もしかして選んだことないの!?ガチの初心者!?しゃぁないなぁ、じゃあついて行ってあげるよ。部活サボッか~。」
ランニングシューズと体操服の袋をロッカーに戻す。
ポケットに両手をつっこみながら歩きだした。
「紗月、男でも出来た?それとも好きな男とか?」
少し経って響が直球なことを言い出す。
「えっ、いやそんなことないけど?なんで?」
思わず強い動揺の現れてしまった自分の言葉が図星なのを示しているようで恥ずかしくなる。
勿論彼氏も好きな男子も存在しないのだが、唐突にそんな話を振られたらそんなリアクションをしてしまうのも当然ではなかろうか。
「なんでってそりゃ、男でもできない限り紗月みたいなタイプがメイク始めようなんて思わないでしょ。」
そのきっぱりとした言葉は、男ではないにしろ『美咲のため』に変わりたいという紗月の願いに近からず遠からず。
「別にそんなんじゃないけど?気分みたいな。」
うまい言い訳の思いつかない紗月は仕方なく若干無理のありそうな言い訳をして少し歩を早める。
「ふーん?まぁそういうことにしといてやるか。コスメ買うなら駅前行くよ。紗月ちょっと遠いけど一番種類揃ってるから。」
何かを察したようにニヤニヤしながら、有無を言わせない口調の響。
何かと圧が強い響の口調には、そこそこ以上の付き合いがあっても未だにビビることが多々ある。
二人で並んで校舎を出て、陸上部が練習している前を通らないようにして校門をくぐる。
いつもとは反対の見慣れない道を響より半歩遅れてついていく。
住宅ばかりのいつも歩いている道とは違い、駅に向かう道はやはり向かう人もすれ違う人も多い。
人の間を縫うように迷いなく歩く響とは対照的に、狼狽えながら進む紗月。
そんな風に歩いて少しすると、駅にようやく到着すると響は少し奥ばったところにある化粧品店に入る。
「ここ、あたしのお気に入りのとこ。安いし可愛い色多いんだよね~。」
と嬉しそうな声音で中に入っていく。制服姿で堂々と入っていくものだから大丈夫かと焦ったが、いざ中に入って見ると紗月たちと同じように制服を身にまとった高校生が多くいた。
「あたしも使ってるの切れそうだったし、買い足そうかな~。んじゃ、後で合流ってことで。」
本格的なメイク初心者の紗月は響に教えを乞う気でいたのだが、当の本人はそんなつもりが一切なかったらしい。
お洒落できゃっきゃと笑い合いながらコスメを見る高校生たちの声が耳に響く店内。
完全に孤立してしまい目を回した紗月にとって、その空間は急に酸素が薄くなっていくような気がした。
一時間ほど経ち、キラキラ空間から退店することが出来て疲れ気味な紗月は上機嫌な響と共にフラペチーノを啜る。
「メイク初心者ってほんとだったんだ?マッジでさっきの狼狽え具合、綾小路さんに見せたかったわ。」
暗号のような注文のクリームデカ盛りのハイカロリーフラペチーノを飲む響楽しそうな表情だ。
「もう、教えてもらおうと思って響に付いてきてもらったのにほったらかすんだもん。しょうがないでしょ。」
注文が良く分からず全体的に控えめなフラペチーノを飲みながら。
「ごめんごめんって。でもちゃんと見てあげたじゃん。明日可愛くなった紗月が見れるなんて楽しみだわほーんと。」
ニッと悪戯っぽい表情で笑う響にも~~う、と怒りながら緩やかに時間は過ぎていった。
珍しい一人での帰り道、腕に下げたコスメ道具たちの重みを実感して口角を持ち上げる。
問題はこれでどうやって正しく使えるかってところなんだよな…なんて一人で考えていると、後ろから思わぬ声がかかった。
「あ、紗月!」
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