COD99の世界より

alicered

図南の翼

プロローグ

第1話 序章① 〜統合歴49年9月21日〜

「ちっ、失敗作が……、お前は面汚しだ。今すぐ消えろ」


 ぼんやりとした意識の中、妙にその言葉だけが頭の中をリピートしていた。秋という季節の、とりわけ午後というのは得てして、人の嫌な記憶の扉を気軽にノックしてくれるものだ。


 統合歴49年9月21日、この日は午後から歴史学の授業だった。多くの生徒はこの時間、睡魔との戦いとなる。この陽気だ、是非もない。

 教壇では、日焼けした褐色の肌によく映える漆黒の髪を無造作に後ろで束ねた女教師が熱を帯びた口調で、我々が住むCOD99の歴史について大いに語っている。


「だから今の我々があるわけだ。分かるか?私たちの住むcommunity of daybreak、 通称CODと呼ばれている区画が、いかに人類にとって重要かを君たちは再度認識しなければならない! この結界とも呼べる力場形成が人類の存在を……っ!」


 話が途中で途切れ、生徒達が教壇を見上げた。モニターのタッチペンを握りつぶし、それを振りかぶる姿がそこにはあった。


「大黒〜〜! また貴様か!」


 間髪入れずにタッチペンであったであろう残骸が大黒真琴の頭頂部に突き刺さった。そう、文字通り突き刺さった。 頭部から綺麗な放物線を描いて赤色の液体が飛び散った。


「はぁぁあ〜ん!」


 情けない声を出しながら真琴は最後尾の席から後方の壁に吹き飛んだ。隣の席の女子生徒がすぐさま背中にローリングソバットを繰り出し着席を促した。


「ありがとう、赤羽……。いつも思うけどもう少し優しくできない?」


 目尻に涙を浮かべ、タッチペンを引き抜く真琴に隣の席の生徒、赤羽三久は学年ナンバーワンと名高い容姿端麗な顔を歪めながらぼそっと、


「死んで詫びろ」と真琴だけに聞こえるように囁いた。


「えっ、赤羽さん? 今なんて?」


 前の席の男子生徒が振り返る。三久は澄み切った聖母のような微笑で首を左右に振りながら答えた。


「なんでもありませんわ。突然大黒さんが吹き飛んだので驚きましたの。びっくりして品のない声が出ていまい、すみません」


 男子生徒は顔を赤らめながら、


「だよね〜、びっくりするよね」と顔を緩ませた。この女は一体どういう思考回路をしているのだろと、頭部の傷口を圧迫止血しながら真琴は思った。


 この女こと、赤羽三久はCOD 99内では知らぬ人がいない名門、赤羽家の長女である。周囲からの評価は常に最高で、容姿端麗、品行方正、この世の美しいとされている4文字熟語を並べても形容し難い存在とされているが、真琴からすればただただ胸が大きく、情緒不安定、発作性暴力症候群の腐れ縁の傍若無人な幼馴染であった。三久は顔を小さく真琴に舌打ちをし前を向いた。

 

 そうこうしているうちに教師が竹刀を持って真琴に向かってくる。周囲からは笑いがおこるが、教師の顔は極めて厳しい。


 今日こそ死んだかもしれん。


 来世に期待をし祈る真琴、迫り来る教師。2年D組のいつもの授業風景である。

 

 そんな平和な秋の昼下がりを切り裂くようにけたたましいサイレンと、炸裂音が教室中を駆け巡った。





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