松本のジェネリックの竹本

高校生の頃、僕には松本という友達がいた。

松本はスポーツも勉強も優秀で常に学年トップだった。

おまけに顔も良い。

ちょうど白い錠剤に目、鼻、口がついたような好青年だった。

異性だけでなく同性からも好かれる人気者で、部活のキャプテンから生徒会長までこなす彼はまさに隙のない男だった。


ところがある日、松本が学校に来ていないことがあった。

朝のホームルームで先生は「松本は風邪で欠席だ」と言った。


次の日も松本は学校を休んだ。

そしてその次の日も。


健康体で皆勤賞常連だった彼が3日連続で学校を休んだことなどあるはずがなく、さすがに心配になった。

それは僕だけでなく、クラスのみんな、いや学校全体も同じ気持ちだった。

部活のメンバーは集中力に欠けたプレーが続き、生徒会が機能不全に陥ったことで風紀の乱れが目立つようになった。

たった3日休んだだけで、である。

女子たちはトキメキを伝える先がなくなり、適当な男子に場当たり的な告白を繰り返した。

先生達も、松本の効果がこれほどとは思っておらず「松本はいつ登校するんだ、松本が不足している、松本を処方してくれ」と嘆き、ひたすら校内を奔走した。


そして松本が休んで4日目の朝だった。ホームルームでのこと。

先生から松本が休んでいる理由は明かされなかったが、3ヶ月程欠席すると伝えられた。

そして入れ代わるように転校生の紹介をした。

竹本と紹介された彼は、タイプは違えど松本に引けをとらないくらいに端正な顔立ちだった。

松本が白い錠剤のような風貌をしているのに対し、竹本は薄ピンクの粉末状の飲みやすい見た目をしていた。

女子は色めき立ち、彼を松本に代わるジェネリックとして持ち上げた。

ジェネリック竹本は見た目だけでなく、文武両道だった。

そして転校してきたばかりだというのにリーダーシップを発揮した。

まず手始めに生徒会長に推薦され、その翌週には部活のキャプテンまで担うことになった。

女子たちは無事に告白先を見つけることができ、他の男子は束の間のモテ期を終えた。

乱れていた風紀も徐々に戻り、先生達も「これで松本が処方されるまで安泰だ」と何もしていないのに胸を撫で下ろした。




しかし、しばらくすると皆、違和感を感じるようになった。

ジェネリック竹本がキャプテンを担うようになった部活では、負け無しだった成績がたまに星を取りこぼすようになった。

生徒会長として先生の評判は上々だったが、どこか窮屈さを感じるようになった。

これは松本がいた頃には感じなかった症状だった。

良くみれば、テストの成績も悪くはないが学年のトップ10がいいとこだった。

全てが惜しいのだ。

錠剤と粉末の違いこそあれど、松本のジェネリックとしてよくやっていた竹本は次第に元気を失っていた。


そしてついにそれは起きた。

ジェネリック竹本が体調を崩して学校を休んだのだ。

転校生してきて実に90日目のことだった。

はじめの頃は効能を遺憾なく発揮していた竹本だったが、周囲が次第に転校生に慣れていくうちに、物珍しさも薄れ、悪い意味ですっかり環境に溶け込んでしまった。

皆は松本が休んだ時の事を思い出した。

すべての歯車がずれ、学校全体を不安が覆ったあのときのことを。

先生達は言った。

「やっぱりジェネリックではダメか……。」


次の日から竹本が学校に来ることはなかった。

1週間経っても2週間経っても来なかった。

先生に聞いてみた。


「竹本はどうしたんですか?」


先生は答えた。


「やっぱ松本だわ。」


この学校に巣食う病は先生なのではないだろうか、と思った。

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