桃太郎を見かけた話

これは僕がまだ幼かったころの話だ。

当時、僕たちの家族は、少し歩けば船着き場のある、漁業の盛んな町に住んでいた。

学校が終わると友達と海沿いを下校しながら、船着き場のそばの空き地でよく遊んでいた。


その日もいつものように空き地で走り回っていて、ふと海の傍の定食屋に目をやると海には似つかわしくない格好の人影があった。


桃太郎がいた。


桃太郎は、鯵フライ定食のご飯大盛りを食べていた。

見た瞬間は「あ、桃太郎だ!」と思ったが、見ているうちに本当に桃太郎なのか、こんなところに桃太郎がいるのかと疑問が湧いた。

なぜなら家来がいなかったからだ。

桃太郎と言えば犬・猿・雉という家来を引き連れているはずである。

かといって着物と袴、腰には刀、おまけに「日本一」と書かれた旗を持ったその姿は、漁場には場違いすぎていたので桃太郎以外ありえないと思った。


僕は絵本でも見たことのある有名人を生で見れたことに興奮した。

本当に桃から生まれたんですか?

きびだんごはどんな味がするんですか?

けれど有名人だからといって無闇に声をかけるのは子供心に失礼な気がしていた。

ましてや何かの間違いできびだんごなんて食べてしまった日には、鬼退治にいかなければならなくなる。

だんごだけ食べておいて鬼退治は行きません、なんて断れるわけがない。

鬼ではないにせよ、それは泥棒だ。


そうしてしばらく立ち止まって見ているとやがて定食屋の裏手から犬・猿・雉がやって来た。

桃太郎がきびだんごを1つずつやると、1艘の船で海に繰り出し、やがて小さく見えなくなった。




次の日、いつものように下校途中に空き地で遊んでいたのだが、何か物足りなかった。

いつものように走り回っていても、何か違う。

そのときハッとした。

鬼ごっこをしていたのに、鬼がいなかったのだ。

鬼は昨日、桃太郎によって退治されたのだ。



「なんてことしてくれたんだ!」



そう叫んでみたもののどうしようもないので、仕方なく僕が鬼をやろうと思った。

手を挙げて「僕が」と言いかけたところでドキッとした。

退治されそうな気がしたのだ。

近くに桃太郎がいたかどうかわからない。

けれど前日に見た長い刀が頭をよぎったので、挙げた手をゆっくりと下ろし、知らないふりをしてまた走り始めた。




これは余談だが、家に帰ると我が家の飼い犬が行方不明になっていた。

結局、そのまま見つからなかったが、一体どこに行ってしまったのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る