第5話

 君は一体何を考えていたのだろう。

 僕たちは一体何だったのだろう。

 頭の中に浮かぶ疑問符を、消すつもりはない。僕にとって空想は、もう明確に意義のあるものとして、存在するから。

 悔しいと思ったのは、あの子が不幸になってしまったから。僕はあの子を愛した。いや、現在形で愛してる。

 「あれ、星本は?」

 いない。どこだ。

 それから彼女は跡形もなく消えてしまった。形式的には、転校という形をとったようだ。これはあの佐藤から聞いた話なんだけれども。あいつ、非常に嫌味な奴だったけれど、星本の話をする時は、歪んだ顔で口をつぐむような感じをしていた。つまり、僕の抱いたあいつに対する嫌悪感は、繊細な者に対する同族嫌悪に近しいのだと思う。

 親の都合、ということらしい。でも星本は、あいつはだって、そんな素振りなんて決して見せなかった。なぜ?

 とめどなく思いは溢れるけれども、実ることはない。もう、絶対にってこと?

 そんな問答を繰り返すしかなかった僕は、ただ弱かった。そして静かに思い出す。深い眠りにつく前に、あの言葉を。

 雨の日だった。

 僕たちは放課後になりお互いを慰めあうように、言葉を交わし続けた。いつかきっとという、明確ではない言葉をよく織り交ぜていたのを覚えている。

 「ねえ、いつかさあ、私、バンドを組みたいんだよね。」彼女はそう言って、僕は「何で?最近音楽ハマってるの?」と素っ頓狂な声を出す。だって、そうだ。星本は音が怖いのだから。ふと、たまにビクッと体を震わせる。彼女は、大きな物音を怖がる。だから、何で?

 「昔から音楽好きなんだよね、だって美しいじゃん。その瞬間だけは、全てが飛んでいくの。っていう!」そう言って、笑っている。だから、「じゃあ、やろうよ。」と提案してしまった、これは、完全に勢いだ、僕は雰囲気に酔っている。

 もう本当に、ぐらりとぐにゃりとそのまま酔ってしまえばいいはずなのに、やっぱりダメで、「ごめん、でもいい。だって、私なんかもうどうでもいいからさぁ。」そう言って、湿っぽく泣いて見せる。いや、違う。こぼれたのだ、涙が。

 星本はそのまま、呟く。

 「私は何の不満もない。」

 「…何の不満もない。」

 二回目のそれは、まさしく自分に言い聞かせているようだと思った。

 涙が見えた。でも外は雨だから、僕たちはずぶぬれでいて、結局それは、その水は、雨だったのか涙だったのかなんて分からない。

 分かることなんてない、切ない気持ちを、分かることなんてない。酔っていた、完全に陶酔していた、全力で。僕は感じる、ああ、これが青春っていうやつなんだって。無縁だったその言葉に、僕は実感を以て甘い響きを付け加える。そして、もうもう僕は戻れない。

 ふと目覚めると、いやに寝ざめの良い朝だった。

 あれ、今って?唐突に時間軸がぶれる、右も左も分からないっていう具合にね。でも、気付く、そして落胆する。

 現実に。

 「ピンポーン。」唐突なチャイムに、震える。僕は、引き戻されるから、今という時間に、25歳の苦しさへと。

 はあ、はあ、はあ。息は、切れない。ただ、不完全なまま燃焼しているようだ。

 「………。」

 「礒橋さん、ご在宅ですか?」ひどく冷たいと言っていい声が響く。「私たちは………。」嫌に間を空けて話しているように、僕には聞こえた。だから、

 「警察です。傷害の容疑で、逮捕します。」

 玄関の扉を開けた瞬間、入ってきたのは理不尽な真実だった。


 

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