二人の行く末
@rabbit090
第1話
空想の中で決めつける。
絶対あなたは見逃しているって。
でも一体何を?あの子は何を見逃しているの?そう思ったらとりとめがなくて、僕はただ目の前に広がる活字の海に、すがりつく。
偶数月には手紙を書くことにする。あの子にはもちろん、あなたにも。
僕の名前は
ちなみに星本海名は僕の同級生である。同じクラスの、たいして話したこともない、知り合い程度の関係だけれど。
僕はちぎれる。
いつもちぎれてしまう。はあ。
「おい、礒橋。」そう呼ぶのは担任の佐藤。佐藤は30代頃でひょろっとしており頼りない印象がぬぐえない、が。
「お前、また独りぼっちだな。ははは!」口は悪く遠慮というものを知らない。僕にとってははっきりと敵である、と言っていいだろう。
それで、何の話かって言うと、今度修学旅行が近いんだ。つまり僕はその行動班にあぶれてしまったというわけだ。こういう話って、自分で言っておいて、結構心に来るものなのだよ。だって、僕は社会の中でしか生きていけない人間なのだから。
そう思いながら自嘲気味な笑いを佐藤に向けてやり、それを見て一応満足したかのような表情を見せ、言う。「じゃあ、適当にどっかに入れるようにしておくから、安心しろ。」と言い捨て通り過ぎる。
僕は内心言葉通り安心していた。はあ、人間ってなんて罪深い生き物なんだろう、とお決まりの常套句のようなことを口にする。いや、心の中で、なのだけど。だって、そうじゃないか、明確な悪意に対して、最低限の自分の尊厳を守るために、屈服するなんて。僕はひどく傷つく。
そして良くないのは、まだこんな14年しか生きていない人生で、この不快感を慰める術を会得していないということだ。まあ、しょうがないのだろうけれど。
なぜ、僕は星本海名のことを考えるようになったのだろう。
たいして知りたいことでもなかったのだし、ただ薄ぼんやりと思うだけだけれど。きっかけはあるのだ。見てしまった。あの人が見せる学校一般とは違う態度を。まず思ったのは、なぜ僕に?ということだけ。
一週間前だった。
星本海名はクラスメートと談笑していた。
「ねえ、海名はさ。何で部活に入らないの?だってさ、海名って運動神経も超いいじゃん!頭もいいしね。」
「え、私はだって、めんどくさいから帰宅部でいいもん。てか、みんなみたいに一生懸命頑張るの、すごいなって思うけど、私怠け者だから。」
「はは、海名可愛い!やっぱ海名は海名だね!」
というどうでもいいようなよくないような会話をしていた。
この会話通り、確かに星本海名は優れている。運動も勉強も、学校という世界の中では輝く程に魅力的であろう。だが、本人はどこかひょうひょうとしていて、なんだかすべてがどうでもいいというような、ひどく退廃的な思考の持ち主ではないか、とたまに感じるのだ。
というかそもそも僕は星本海名とはほぼ接点がないのだから、目立つ彼女を見てあくまで勝手に想像しているにすぎないのだが。それでもあの日、あの人は、僕の前ではっきりと告げた。
「礒橋君、礒橋君。」そう呼ばれたから振り向くと、あ、え、星本海名に袖を掴まれていた。星本海名は、あの人は、いつもの元気な様子と違ってひどく青ざめていて、非常に困惑した様子でぐったりとしていた。
授業が終わり放課後になり、もう帰宅する一歩手前という所だったので、周りに人はいなかったし、たまたまそこにいあわせた僕に自分の窮状を託すしかなかったのだろう。
僕はそのメッセージを受け取って、彼女を保健室へ連れていくことにした。だが、彼女はかたくなに拒む。「あそこには行きたくない。」と。
じゃあどうしろというのだ、と思ったが、あいにく放課後も暇な僕なので、とりあえず椅子に座らせて、様子を見ていた。
そして、しばらくすると顔中にまとわりついていた冷や汗も引き、少ししゃべれるようになったらしい。そして、告げたのだ。予想もしなかった一言を。
「私、もう限界なの。」と。
たいして仲良くなったわけでも何でもない僕に、彼女は悩みのようなものを語りかけてきた。でも、いったい何が限界なのだろうか。そんなことをぐるぐると考えていると、「今、こうやって普通にしているけれど、本当はすぐ真っ青になって、冷静じゃいられなくなる。これは病気とかそういうのじゃなくて、多分持病なの。」と言うのだ。「誰も知らない、私だけしか知らない。外から見たらなんともないから、誰に言っても伝わらないの。」と、何だかひどく儚げなセリフを呟く。そして、僕はまた、なんとも言えない気持ちに陥るのだ。
だがやっぱり聞かなくては、「どうして?」この後何の言葉を続けようかしばし悩んでいると、「うん、礒橋君には知られちゃったから、もうしょうがないんだけど。まあ、これが素の私ということになります。」とさらっと話す。
そして続ける。「でも礒橋君も弱った私を見て、ただ貧血なのかなとか、そんな感想しか持っていないでしょ?」と問われたので、確かに、そうかもしれないと心の中で思う。だって、しゃがみこんで苦しそうではあったけれど、顔色自体はいつもとたいして変わりはなかったし、女子特有の僕には分からない何か不調なのかな、と思っていた。
「でも本当はね、」彼女は言う。「本当はものすごく苦しいの。もう死んじゃうんじゃないかってくらい。ていうかね、死んじゃった方が楽なんじゃないかって、むしろ殺してくれなんて言う言葉の方が適切なんだよね。」と、殺伐とした内容のセリフをつとつとと話す彼女を、僕はただ見つめているしかなかった。
どうやら、よくは分からないのだけれど、ただ少し具合が悪いという風にしか見えない状態なのに、彼女にとっては実は、もういたたまれない程苦しく辛いということらしい。正直僕には全く理解できなかったが、目の前に座る星本海名を見つめる。
何の接点もなくて、しいて言うなら同級生であるということだけ、でも僕にとっては特別なような気がした。彼女が誰にも見せない、その弱さをかいま見たから。それだけで十分だったのだ、僕が彼女を特別な存在だと認識するにはね。
僕らは次第に一緒にいることが多くなっていた。お互い帰宅部だし、学校の時間は短いのだから。放課後はいつも、なんとなく一緒に散歩をしたりという感じで、本当に何もしてないと言っていい。ただ、色々なことをそのあり余った時間を使って話し合っていた。
そして星本海名はもちろん、彼女が話していた通り、時折あの彼女が言う、持病というやつが襲ってきているようだ。急にしゃがんだと思ったら、苦悶の表情で、ただ耐えられない、殺してほしいと呟くのだから、僕はいつも落ち着かない。
だが彼女が言うには、一人でいる時よりは幾分か痛みが減っているという。友達といてもそんなふうにはならなかったから、驚いた、と言われた。
僕は考える。なぜ僕たちは一緒にいるのかということを。星本海名にしてみれば、自分の痛みがいくらかおさまるという事実によるのだろうが、そもそもなぜ僕と一緒だと彼女の苦しみは軽減されるのだろうか。だが、僕もうっすらと思っている。本当に退屈して使いどころのないあり余った時間を、彼女と一緒にいると、なんていうか、殺伐としていたということに気付くというか。つまり、自分は今までえらく殺伐とした世界を見ていたんだなあ、なんて思うくらい、毎日がやや興奮気味になっていた。
だから思うに、きっと二人でいると何か特別な力で守られた、不思議な空間とでもいうのだろうか、そのようなものが存在していて、僕たちはその恩恵を受けているということだろうか、なんて思うのだ。
そして、終わりというものは唐突に訪れるものだ。
それを、中学2年生にして、僕は知ってしまった。と、現在25歳の僕は今思う。
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