第13話 ヤンデレのお泊まり大作戦(前編)

「ふふっ」

「…」


 海斗達は電車の中、隣同士で座っていた。


「海斗? 怒ってます?」


 眉を顰めて窓の外を見ていた海斗は、千春の方をチラッと見た後、また視線を戻す。


(なんて…なんて俺は馬鹿なんだ…こいつの事を甘く見過ぎていた)


 海斗の中でストーカーと言うのは、単に付き纏ったりするもの、名前を調べられたりする事などがストーカーだと思っていた。


 母と友達というのも、これは偶然会って仲良くなったのかもしれない。

 3ヶ月前に会ってる事から、自分とは関係ない。そう考え少し恐怖を感じたものの、そこまで海斗は気にしていなかった。


 しかし、今日になってそれは一変した。


(普通…ストーカーだとしても転校生として編入して来るか…? しかもあのゴーグル…暗闇でも見えるっていう暗視ゴーグル? って言うのか? あんな物まで持ってるなんて…)


 海斗は大きく溜息を吐いて顔を手で覆った。


 そんな海斗をニヤニヤとした表情で見て来る千春は海斗の腕に絡まる様にして抱きつく。


「海斗、ずっっっとこうしてたいですね♡」

「おまっ…! もうちょっと声を抑えろって!!」


 海斗は小さな声で叫び、周りを見渡す。

 今は帰宅ラッシュ。同じ学校の生徒は海斗の目に入らなかったが、それだとしても電車の中には沢山の人が乗っていた。


「はぁ…」

「ちっ」

「こっちは疲れてんだよ…」


 周りからは迷惑そうにしながら、愚痴をこぼす声が聞こえてくる。

 それにも関わらず千春は海斗からくっつく事を止めない。海斗は離れさせようとする。


 しかし、


「ルール♡」


 と言われ、動きを止める。


 海斗にとって、世間体と言うものはとても気にする事柄だった。例え今日この日だけ電車に乗っている人だったとしても、その人にとって不快であるならそんな事やめるべき。特別な事情、自分が損する事だとしても、人に迷惑を掛けるのはダメな事。


「せ、せめてもう少し声を小さくしてくれ」


 そんな根底からくる考えとルールに挟まれ、海斗は困った様に眉間に皺を寄せると、妥協案として声を抑える事を提案する。すると千春は、数秒海斗の顔を見つめた後に頬を膨らませる。


「…ルールは守ってます」

「…そうか、じゃあいいよ」


 一言、海斗が言うとスマホをいじり始める。


「「…」」


 2人の間に沈黙が訪れて、千春は静かに抱いていた海斗の腕を離し、手を繋ぐ。


「…これなら良いですよね?」


 千春は小さく聞くが、海斗から答えは返って来なかった。

 それを肯定と判断したのか、千春は口角を上げ海斗の手を離す事はなかった。




「じゃ、じゃあ、またな」


 いつも千春がいつも乗ってくる駅に近づくと一気に人が降り、千春は海斗の手を離す。

 それと同時に海斗は、流石に無視はやり過ぎた、落ち込ませてしまったかもしれないと、自分から別れの挨拶を切り出す。


「! ふふふふふっ! 海斗…そうですね、また!」


 千春は、海斗からの挨拶に少し驚きの顔を見せて笑い出す。そして不敵な笑みを海斗に向けると海斗と同様、挨拶を交わして出て行った。


 笑い出した時は、気を遣い過ぎか? とも少し思ったが、千春の顔を見て結果的には言って良かったと海斗は胸を撫で下ろすのだった。




 *


「凪」

「はい、お嬢様」

「…さっきのはちゃんと撮っていましたか?」

「はい、確かに」


 セーラー服を着た中学生ぐらいの見た目をしている者が、駅のホームで千春の前にスマホを差し出す。千春はそのスマホを手に取る。


「はぁ…♡ 念願の海斗のツンデレ…♡ …よくやりました、凪。この調子で電車の中では撮影を忘れない様に」

「かしこまりました」


 その者は深々と礼をした。


「では、準備をして早く行きますよ」

「はい」


 2人は急いで駅から出た。




 *


「はぁ、ただいまー」

「おかえり~」


 海斗は大きな溜息を吐きながら、家に入る。ちょうど玄関前にいた由美子に急に詰め寄られる。そして、ニヤリと笑うと、


「どうだったの?」

「? 何が?」


 海斗は詰め寄ってくる由美子を押し退け、洗面所へと行くと蛇口を開き、手を洗い始める。すると、由美子はわざわざ洗面所の方まで追いかけて海斗へ問いかける。


「何って…恥ずがらなくても良いのに~!!」


 肘で小突いてくる由美子は、楽しそうに海斗の顔を見た。海斗はそれに不機嫌そうに返す。今日は色々な事があって参っているのに、海斗はそう思いつつも由美子に聞き返す。


「だから何?」

「何って~…」


 由美子は笑みを一層深めると、溜めるようにして言った。


「千春ちゃんとのデート♡」

「ブフッ!!?」


 海斗から鼻水が吹き出さられる。


「今日が初デートだったらしいじゃな~い!」


 ふふっと由美子が笑うと、海斗は呆然と鼻水を垂らす。


「何処に行ってきたの~?」


 ビブラートを聞かせながら聞いてくる由美子に、海斗は急いで鼻水を拭いて答える。


「い、いや! デートじゃないから!!」

「別に隠さなくてもいいじゃない!!」

「てか何で知って…あ、まさか…」

「私、千春ちゃんと友達だって言ったでしょ?」


 由美子は海斗にスマホを差し出して、メッセージアプリのピインを見せる。そこには千春が優雅にティーカップを持っているアイコンが表示されていた。

 海斗は膝から床に崩れ落ちる。


(そうだ…友達ならピインを交換していても可笑しくない。こ、これだと俺の学校生活…俺とアイツの行動が母さんに筒抜け…)


「海斗、私は海斗の初彼女があんな良い子で夢でも見てるようだよ!」


 由美子は目を潤ませながら海斗の肩を叩くと、鼻を啜りながら洗面所から出て行った。


(か、完全に逃げ道を断たれた…)


 海斗の最初の作戦、学校で過ごせば千春に会う事はない、だから恋人の様に触れ合う必要はないと思っていた。だが、今日転校して来た事でそれは破綻。

 そして海斗は、由美子がこんなにも千春と仲が良いと思っておらず、これではいつか隙を見て別れたと言おうと思っていたが、由美子に言ったら、


『え!? アンタ、あんな良い子に何したの!? 私も謝るからちょっと行くわよ!!』


 と言いかねない。そうすると万事休す。会いに行った瞬間、


『頭を上げてください。そうですね…今回みたいに私達の痴話喧嘩でおば様に来て貰うのも忍びないですので、婚約する、というのはどうでしょうか?』


 海斗の頭ではそれを笑顔で言う千春の姿が思い出された。


 そして、それに対して海斗は思いきり身体を震わす。


(いやいやいや、知恵を絞れ…まだ何処かに活路は…)


 海斗は階段を上って部屋に鞄を置いた後に、リビングへと向かった。



 ピンポーン



「ん?」


 インターホンが鳴り、海斗はモニターを見る。そこに居たのは少し背が低い、ポニーテールをした少女が居た。


「あ、来たのね! 海斗、鍵開けてきてー」


 由美子に言われた海斗は、素直に、何も疑問に思わずに玄関に行くと、鍵を開けた。



 ガチャッ



「海斗、電車ぶりですね♡」


 そこにはモニターでみた少女と、千春が、キャリーバックを持って待ち構えていた。

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