第3話 ヤンデレの策略(後編)

「海斗の事が好きなんです…付き合ってください…」

「ふ、ふざけんな…」


 周りでは海斗に対しての否定の言葉が繰り出されている中、中心の2人は対照的な顔で向かい合っていた。


 海斗は顔を顰め、いかにも嫌そうな顔で彼女を見つめ、彼女は愛くるしいとでも言いたげに口角を上げ、息を荒げながら海斗を見つめていた。


「て、てか何で付き合うって話になってるんだよ…」

「え、だって好きなんですもん…海斗ぉ♡」

「え…ちょ、そ、そう言えば何で俺の名前…」

「えー…それは別に良いじゃないですか…とりあえず付き合いましょう? 結婚でも良いですが…年齢的に婚約って所にしときますか?」


 彼女の表情、行動、言動、全てから海斗の頭の中で答えが導き出される。


「お、お前…す、ストーカーか?」

「お前なんて…愛おしげに、千春♡と呼んで下さい」


 顔を紅潮させながら此方を見る千春に、海斗は人生最大級の鳥肌を発生させる。

 寒気が止まらなくなった海斗は、勇気を振り絞り、行動に移す。


「こ、こいつは俺のストーカーなんだ! だ、誰か助けてくれ!!」


 海斗がそう叫ぶと周りが一瞬静まり返る。そして、


「そんな訳ないだろ!」

「早く許してやれよ!!」

「その子がストーカーな訳がないだろ!!」


 海斗を助けようとする人は誰1人現れない。それどころか、今の発言で皆んなの反感を買った様で声量が大きくなった。


「ほら〜、そんな事言っても無駄ですよ〜? 私には未来が分かるんです…海斗と一緒に…ふふっ、ふふふふふふ…」


 千春は、不気味な笑いをしながら一層距離を縮める。そして海斗に縋り付いていたのを、抱き着くへと進化していた。


(クソッ! どうすれば…)


 海斗の頭の中では、人生で最大とも言える程に脳がフル回転していた。


(本当の事を言っても、皆んなはコイツの演技力の為か、嘘だと思われてさらに声量が増してしまう…どうすれば、どうすれば)


 海斗は片手で頭を抱えて、天を仰ぎ見る。


「ふふっ…♡ すぅぅぅっ!!」


 その間に千春が、海斗が天を仰ぎ見た瞬間を見計らって、制服へと顔を押し付け大きく海斗の匂いを吸い込む。


「……ッッッ!?!?」

「何してんだ!? 早くその子許してやれよ!!」

「いつまでそうやってる気だ!? その子の気持ちを考えた事ないのか!?」


 海斗は鳥肌を又もや増殖させ、さっきまで頭を抱えていた手を急いで、千春の阻止へと向かわせる。


「あん…もっとぉ♡」

「…本当にやめてくれ」


 そして海斗は千春を離すと、諦めて嫌そうな顔をしながら千春へと頼み込んだ。体勢は変わっていない。頭を下げている訳ではないが、その海斗の表情を見て千春は、少し間を置いて言った。


「えー…そうですね。一言、私と"付き合う"と言えばこれは解決しますよ? どうしますか?」


("付き合う"って言えば良いのか…でもそれって恋人として付き合って事だよな…俺のこれからの人生と、俺のこれから2年の高校生活、どっちを取るか…)


「いやいや、言わねぇよ!」

「えー…残念。言わないんですか?」

「こ、これからの人生の方が大事に決まってるだろ! 2年の高校生活を耐えた方がマシだ!!」

「…へぇ? 良いんですね?」

「…え?」


 千春は目を細め、いじらしく海斗の胸を指でなぞった。

 それと同時に海斗の背中に冷たい風が吹いた気がした。


「あぁんっ!」

「ん?」


 突然、変な声が自分の近くから周りへと響く。。


「んんぅっ!! や、やめて下さい!!」


 声は一段と高くなり、近くに居た千春が身体をくねらせながら地面に倒れ込む。次いで、口元を手で覆い、顔を赤らめる。


「こ、これではもうお嫁に行けません…」


 千春がそう言い放つと、先程まで騒がしかった周りが静まり返っている事に海斗は気が付く。


 千春から視線を外し、そおっと周りを見渡す。


「…ちっ」

「キモ…」

「あんな可愛い子に何してんだアイツ…」

「変態」

「女の敵」

「◯ね」


 周りからは馬場雑言が飛び交う。先程まで騒いでいたのが聞こえたのか、職員室にいる先生達も校門へと向かって走ってきていた。


「ふふっ、女の武器は涙だけでは無いんですよ?」


 千春は涙を浮かべていた目を人差し指で拭うと、ウインクして、此方を見つめた。




 海斗がこの日分かった事は3つある。


 1つ目は、いざとなると美少女のオッパイが当たっていたとたしても、それ以上の恐怖を与えられていると、興奮できない事。


 2つ目は、長ったらしい文章よりも、1つの単語の方が何故か胸を抉られる事。


 3つ目は、今日起こった事全てが、千春の手のひらの上であった事である。

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