カボチャはなくとも既に繋がってしまった

 金縛りだ。

 俺は今、金縛りを受けている。


「……………」


 突然金縛りだとか言い出して申し訳ないがちょっと困ってる。今目が覚めているのか夢なのかは分からないが、マジで体が動かせなくて困ってる誰か助けてくれ。


「……………」


 当然助けを呼んでも救いの手はない。仮に叫べたとしても家には俺しか居ないので絶対に助けは来ない。これ詰み? 詰みなのか俺、どうとでもならないのか?


「……………」


 うん、これは諦めた方がいいのかもしれない。

 目の前は真っ暗で相変わらず体は動かせない、そんな風に絶望的な状況だったのだがある声が聞こえた。


「大丈夫だよ隼人君」

「大丈夫よ隼人君」


 こ、この声はまさか……。

 俺はあり得ないという気持ちになりながらも、どうかこの状況から助けてほしいと動かない唇を必死に動かそうとする。声の主は間違いなく新条姉妹だ……頼む、俺を助けてくれ!!


「もちろんだよ」

「もちろんよ」


 二人のものであろう手が俺の体に触れてくる。落ち着くようにと優しく撫でてくるかのようだった。……ただ、そんな安心を促す手の動きとは裏腹に得体の知れない恐怖のようなものが纏わりつくこの感覚はなんだ?


「大丈夫だから。隼人君は私たちに溺れればいい」

「そうだわ。そうすればみんなで幸せに……どこまでも一緒に」


 二人の手が際どい所に触れ、どうしてほしいのかと囁いてくる。耳元で彼女たちの吐息をダイレクトに受け、俺はそこでハッとするように目を覚ました。


「……っ!?」


 思いっきり掛け布団を蹴っ飛ばし、目を覚ました俺は大きく深呼吸をした。そして冷静になった瞬間急激に恥ずかしくなる。その理由は単純で、自分の夢の中に同級生の女の子が出てきてちょっぴりエッチだったからだ。


「……欲求不満かよ」


 姿形は見えなかったが声だけは鮮明に聞こえていた。それがより一層興奮を煽ったようにも思え……ってダメだダメだやめろやめろ。俺は頭に浮かんでいた想像を打ち消すように頭を振るう。


「亜利沙に藍那……か」


 昨日の夜、二人と出会って色々と話をした。藍那が俺のことに気づいていたのは予想外だったけど、声質と背丈で気づけたと言われた時は確かになるほどなと思いはした……怖かったけどね。

 その過程で亜利沙とも名前で呼び合うことになり、更に俺は二人を呼び捨てで呼ぶ流れになってしまった。


「……はぁ」


 何やらめんどくさいことになった気がしないでもないが、あれほどの美人二人と知り合いになれたことは素直に嬉しい。そう思うのは俺も一人の男であり、そして思春期の男子高校生だからだろう。


『母もあなたに会いたがっているわ。是非次の休日にでも招待させて?』

『うんうん。隼人君なら大歓迎だよ。盛大におもてなしさせてほしいな?』


 クラスの男子もそうだし、彼女たちに想いを寄せる男子に知られたら速攻で海に沈められそうだな……まあ彼女たちからしたらあんな場面を助けてくれたのが俺になるわけで、ある意味でちょっと特別に考えているだけだ。時間が経てばすぐに今まで通りに戻るだろうと思っている。


「よし、準備するか」


 週初めの月曜日、一番テンションが下がる時だが学生なので仕方ない。昨日の別れ際の二人の言葉、また明日という言葉が気になるがあまり気にしすぎても仕方ない。

 一人で住むには大きすぎて、そして静かすぎる家の中で準備を済ます。


「行ってきます」


 言葉が返ってこないのは分かっているのにこうして声を出してしまう。それももう当たり前というか、身に付いた習慣みたいなものだ。鞄を肩に掛けていつも通りの道を歩いていく。

 すると、ちょうど新条姉妹の家の前を通った時だった。


「……あ」

「……あ!」

「……隼人さ……コホン、隼人君」


 ちょうど玄関から二人が出てきた。

 最初に藍那が俺に気づき、続くように亜利沙も気づいて駆け寄ってきた。そうやって走ってしまうと制服に包まれた大きな胸が揺れてしまい、俺はそれを見ないようにと視線を逸らした。


「おはよう隼人君」

「おはよう隼人君!」

「……おはよう二人とも」


 思えばこうして朝に家の前で話をするのは初めてか。今までは会釈をする程度だったけれど、やっぱりああやって知り合えば話をする間柄にはなるのか。


「こうして隼人君と知り合ってからここで出会うのも初めてだね?」

「そうだな。大体は会わないんだけど」


 二人はいつも同じ時間に出てるのかもしれないが俺は基本的に気分によって時間が変わるのだ。だから出会うときもあるし、出会わない方が遥かに多い。まあ以前も言ったけど出会ったとしても決して会話をしたりはなかった。


「……………」

「亜利沙?」

「っ……なんでもないわ」


 いやでも……。

 ジッと見てくる亜利沙の名前を呼んだらいきなり体をブルっとさせたんだけど本当に大丈夫か? 腰をモジモジさせてるけどトイレにでも行きたいのだろうか、ただこういうことは男の俺が指摘しちゃダメなやつだし黙っておこう。


「……コホン、失礼したわね」

「本当だよ。姉さんってば節操なさすぎ」

「藍那にだけは言われたくないんだけど……」


 えっと……?

 俺には分からない姉妹のやり取りを経て二人は俺を真っ直ぐに見つめた。相変わらずクールな眼差しで見つめてくる亜利沙と、笑顔で楽しそうに見つめてくる藍那。


「……行かないの?」

「? 行くわよ?」

「行くよ?」

「おう」

「ええ」

「うん」


 ……………。

 俺たち三人は動くことなくその場に佇むだけだ。これはもしかして、俺はそう思ってこう聞いてみた。


「一緒に行くの?」

「もちろん」

「そうだよ」


 あ、そういうことらしい。

 俺が歩き出すと二人も足を動かし始めた。亜利沙が左、藍那が右に並び歩幅を合わせて付いてくる。あぁでもとそこで藍那が口を開いた。


「途中までね。前も言ったけど噂されると嫌でしょ?」


 この場合嫌ですとストレートに言えないのが辛いところだ。それは噂されるのが構わないという意味ではなく、二人に対して嫌な気持ちを抱いていると思われるのが嫌なのだ。ただ藍那はちゃんと分かっていたらしい。


「大丈夫だよ。隼人君に迷惑を掛けるようなことはしないってば。姉さんだってそうでしょう?」

「もちろんよ。だから安心して?」


 藍那とはある程度話したから分かるけど、あのクールビューティと言われている亜利沙が笑ってそう言ってくれたのは少し意外だった。なんだ、彼女はちゃんと男子にも笑顔を向けるじゃないか。


「藍那はともかく、亜利沙の笑顔を見たのは意外だったかな。噂で男嫌いなんて話を聞いたことがあったからさ」


 結局俺もデマを信じていた一人だったってことだ。人ってのは話してみて初めて理解出来ることがある。少しだけ亜利沙っていう人を知った気がした。


「男嫌い……ちょっと苦手なのは合ってるわね。話しかけられれば受け答えはするけれどそれくらい。むしろ私より藍那の方が酷いわ」

「そうなのか?」


 逆に藍那はそういうことに拘りはない感じがしたんだが。藍那に視線を向けると彼女はニヤリと少しだけ怖い笑顔を浮かべた。


「好きか嫌いかで言えば嫌いだよ? 隼人君以外の男はみんな消えればいいって思ってるもん……って消えればいいは冗談だから本気にしないでよ?」

「分かってるよ」


 その割には声がマジのトーンだった気がしないでもない。

 けど俺以外とかそういうことはあまり言わないでほしい。ちょっとドキッとしたし学生によくある痛い勘違いをしたらどうしてくれるんだ。まあ藍那の場合はそれでも笑って終わらせそうだけど。


「他に私たちに聞きたいことはある? スリーサイズでも何でもどうぞ?」

「聞かないから――」

「姉さん、隼人君がスリーサイズ教えてだって」

「いいわよ。上から八十八、五十七――」

「亜利沙!?」

「……ふふ……あははははっ!」


 腹を抱えて爆笑している藍那はともかく、なんで馬鹿真面目に答えるんだこの子は。やめろって言って一応言葉は止めてくれたものの、きょとんとして何が悪いのか分かってない様子だ……もしかして亜利沙ってかなりの天然?


「あ~あ、隼人君を揶揄うのは楽しいなぁ」

「……心臓に悪いからやめてくれって」

「どうして止めたの?」

「……え?」


 俺はつい亜利沙さんに再び視線を向けた。

 彼女は相変わらず恥ずかしそうな様子はなく淡々としたように言葉を続けた。


「隼人君は着る服のサイズは知っているでしょう?」

「? あぁ」

「自分のだからこそサイズは知っているでしょう?」

「あぁ……?」

「だから何もおかしくないと思うのだけど」


 どういうことなんだよと心の中でツッコミを入れる。

 微妙に嚙み合わない会話を繰り広げる俺と亜利沙だったが、流石にこれ以上ゆっくりしていたら学校に遅れそうになる。それこそ途中で距離を取って向かうわけだから尚更だ。


 ある程度の距離を雑談を交えて進み、そこからは別々に学校へ向かう。


「……なんかドッと疲れた気がするな」


 俺は小さく溜息を吐いてそう呟くのだった。

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