芽生えた隷属の心にカボチャは嗤う
俺はジャックだ、って何を言ってるんだ俺は……。
亜利沙さんは感極まったようにジャックと呟き、反対に藍那さんはお腹を抱えて爆笑しているというこの構図……俺は一体どうすればいいんだ。
この場から早々に逃げたいと思いながらも、両サイドを二人に固められているため逃げることは出来そうにない。しかも二人とも身を寄せているため彼女たちの持つ立派なそれが腕に押し当てられていた。
「……………」
この天国とも言えるし地獄とも言えるこの空間から誰か俺を助けてくれ。そんな俺の魂の叫びが聞き届けられたのか、この状況を変えてくれたのは何を隠そう藍那さんだったのだ。
「ふふ、困ってるね“隼人”君?」
「それはそう……え?」
……待て、今藍那さんは何と言った?
カボチャを通して俺はおそらく驚愕だと言わんばかりの目を藍那さんに向けていることだろう。
「……隼人君?」
何を言っているのかと首を傾げる亜利沙さんだが、そちらに意識を割くことは出来なかった。カボチャを通して見つめる先に居る藍那さんは決してふざけたような笑みではなく、優しく慈愛に満ちた目を俺に向けていた。
「ごめんね? 実は少し前から気づいてたんだよ私。姉さんは気付いてなかったみたいだけどさ」
「え? 藍那?」
「……………」
驚き過ぎたら冷静になるのは本当らしく、俺は明確に藍那さんの言葉を意味することを理解した。カボチャを被り素顔を隠している俺のことを彼女は隼人と言った、つまり彼女は俺の正体に気づいているってことだ。
「……なんか、こうやってるのが馬鹿みたいに思えてきたなそれだと」
もうバレているなら仕方ないか、そう思って俺はカボチャの被り物を脱いだ。
「隼人君だぁ!」
「あ、あなたは……」
カボチャを脱いだ俺を見てまず藍那さんがさっきよりも強く身を寄せてきた。亜利沙さんは俺の素顔を見て驚いているが……って藍那さん引っ付き過ぎだ!
「藍那さん……その、流石に恥ずかしいので離れていただけると」
「えぇ~? せっかくの感動の再会なのにぃ」
いや君俺の正体知ってたって言ったじゃん。でもいつから彼女は俺のことに気づいていたんだろうか。疑問に思っている俺に答えるように、一から彼女は教えてくれるのだった。
あの時、亜利沙さんが告白されている現場を目撃した時にはもう気づいていたらしい。それでそれとなく俺に接触したことが完全な決め手になったとのこと。色々と誤魔化した話をしていたけどそれは全部無駄だったってわけだ。
「藍那……」
「……少しの間だけでも独り占めしたかったんだもん」
「……仕方ない子ね本当に」
俺を挟んで仲睦まじい姉妹のやり取りをする二人だが……その、さっきよりも手を握る亜利沙さんの力が強い。俺は小さく溜息を吐き、改めて亜利沙さんに向き直って頭を下げた。
「……その、黙っててごめん」
黙っていたのにも俺なりの理由があった。本来ならこうして出会ったのもある意味偶然であり運が悪かった……あぁでも、藍那さんが既に気づいていたってことは近い内にバレていたってことなのかな?
俺の言葉を聞いた亜利沙さんは俺の目を見つめ返して来た。公園を照らす明かりが強いせいで亜利沙さんの表情がよく見える。
「隼人……様……っ」
さま……?
一瞬顔を伏せた亜利沙さんだったがすぐに顔を上げて口を開いた。
「改めまして、新条亜利沙です……会えて嬉しいです」
「……えっと」
目を細め、何か眩しいモノを見つめるようなその仕草に俺は困惑する。亜利沙さんから向けられる視線、何か不気味なモノを感じながらも目を逸らすことが出来ない。そんな不思議な感覚の中、藍那さんが俺の肩に手を置いたことで我に返った。
「……よろしく新条さん。藍那さんは……いいよね?」
「そうだね。私たちは一早く仲良くなったもんねぇ」
「……藍那?」
スッとほの暗い雰囲気を醸し出した亜利沙さんは続けてこんなことを言いだした。
「私のことも亜利沙と呼んでくれませんか? 貴方には是非名前で、遠慮なく呼んでいただきたいです」
「……………」
そう言っていただけるのは嬉しいのだが、藍那さんの時に思ったように凄く恐れ多い気がする。とはいえ藍那さんを名前で呼んだ手前、亜利沙さんを名字で呼ぶのは不公平なのだろうか。何とも贅沢な悩みだが……ええいこうなったら気にするな。やってみせろよ俺。
「……亜利沙さん」
「っ……呼び捨てでお願いします。どうか私をモノのように……ごめんなさい。身近な友人のように呼んでくださると嬉しいです」
「えっと……」
だからそれは友達の段階なんよ……どうにかこの場を切り抜けようと思ったが亜利沙さんは全く俺から目を逸らそうとせず、その青く輝く瞳で俺を見つめ続けている。
しばらく見つめられ続けたところで俺は心の中で溜息を吐き頷いた。その代わりと言ってはなんだが俺からも提案があった。
「分かった。その代わりと言ってはなんだけど普通にしてくれないか? 藍那さんと話す感じでさ」
「それは……恐れ多いといいますか」
「それは俺の方なんだよなぁ」
俺の方なんだよなぁそれは。大事なことなので二回言わせてもらった。
藍那さんと同じように話す、それはとても簡単なことのはずなのに亜利沙さんは必死に悩みながらようやく言葉を続けた。
「分かり……分かったわ隼人君……これでいいのかしら?」
「あぁ。よろしく亜利沙」
「……ふわぁ」
端正な顔を歪めるように、亜利沙さんはニヤニヤと笑みを浮かべた。口元をモゴモゴとさせ、何かを呟き続ける亜利沙さんが怖くて俺は少し距離を取った。すると当然背後に控えている藍那さんにぶつかるわけだ。
「姉さんだけズルいなぁ。私も呼び捨てで呼んでよ隼人君♪」
「……藍那?」
「っ……ぅん……いいねキュンキュンするよ♪」
取り敢えず、その後すぐに夜も遅いということで別れることになった。
強盗が出たということでしばらくこの辺りは警察がよく見回っており、安全と言えば安全なのだが俺は二人を家まで送り届けた。また近い内に家に来てほしい、そうは言われたけどたぶん何かと理由を付けて断ることになりそうだ。
「それじゃあ隼人君!」
「また明日、学校で会いましょう」
二人の美人に見送られ今度こそ俺は帰路に着いた。
なんとも濃い時間を過ごしたようだが、そんな俺を袋に入ったカボチャが嘲笑ったようにも見えた。
それが運命だと言うのなら、私はそれを信じるだろう。
あの強盗に襲われかけた時から数日を経て、ついに私は彼と再会した。ジャックと名乗った彼だったが、実は藍那と既に知り合っており同じ学校に通っている同級生だということも分かった。
「堂本……隼人君……隼人君……隼人様」
彼がカボチャの被り物を脱いで見せてくれた素顔、それをこの目で見た時ドクンとあの時の鼓動が蘇る気がした。
少し癖のある髪の毛に優し気な眼差しは正に好青年という感じがした。筋肉質かと思えばそうではなく、けれども鍛えているのが良く分かった。もしかしたら何かスポーツをしていたのかもしれない。色々と思うことはあったが私はたった一目で彼という存在に夢中になってしまった。もっと話をしたい、もっとあなたに見つめられたい、もっとあなたに名前を呼んでほしい、早くあなたの所有物になりたい。
「……ふふ」
これほどの高揚は初めてだった。
あの人が私の……それを想像するとキュンキュンと体の奥が疼く。彼の傍に居たい、彼を喜ばせたい、私の全てを持って彼という存在を支えたい……私はそれだけしか考えられなかった。
「それに……彼はずっと私たちを見てくれていたんだわ」
隼人君はずっと私たちを見てくれていたのだ。
近所に住んでいることは知っていたし、目が合えば会釈はしていた。どうしてもっと彼と早く知り合わなかったんだと過去の自分を呪い殺したい。彼はずっと私たちを守ってくれていたのだ。
「そうよ……隼人君はずっと私たちを守ってくれていたのよ。あの時彼が私たちを助けてくれたのは必然だったんだわ」
そうだ彼はずっと……あれ、それなら私は何をしていた?
彼がずっと私たちを守ってくれていたのに私は彼に何をしてあげたのだろう。
そうだ……何もしていない。ならばやはり私が取る道は一つだけだ。ずっと彼が私たちを守ってくれたそのことに報いるにはもう、私が彼を支えるだけの道具になるしかないじゃないか。彼を傍で見守り、彼だけの存在であり、彼の所有物としてその傍に在り続ける。
「……素敵だわそれ♪」
彼だけのモノとして生き続ける、それが私が生まれた意味だったのだ。
友人との会話で私は彼に隷属したいと口にした。それは何も間違っていない、私は彼の奴隷になりたい。そうだ……そうだったんだ!!
「ふふ……あはははっ♪」
素敵だ。なんて素敵な世界なんだろう。
隼人君……隼人様……この甘美な響きが快楽として体を駆け抜ける。私は今、こうして本当の私としての人生が動き出したのだ。
私、新条亜利沙は隼人様の奴隷……疼く、凄く疼いてしまう。
私のごしゅ……あぁでもちょっと恥ずかしいかもしれない。けれど私の心はとても満たされていた。とても幸せだった。それだけは何も間違いではない。
【あとがき】
妹に比べたらインパクトは薄いかもしれない。
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