カボチャを脱げば一般人
俺が新条姉妹とその母親をなんとか無事に助けることが出来た翌日のことだ。流石に強盗が押し入り警察も呼ばれたとなれば本人たちの意思に関わらず話は広がってしまう。
「お前の家の近くなんだよな確か」
「大丈夫だったのか?」
大丈夫だからここに無事に居るんだろと俺は苦笑した。
学校について早々に俺は友人たちに声を掛けられた。いつもアホみたいに遊び歩いてばかりいるのに、本気で俺を心配してくれていたことは凄く嬉しかった。
「俺もビックリしたけど新条さんたちは無事だったんだ。ならそれを喜ぶことにしようぜ」
それもそうだなと友人たちも笑みを浮かべた。
「……はぁ」
友人たちに気づかれないように俺は小さくため息を吐いた。本当に昨日のことは怒涛とも言える時間の流れだったように思える。
あの後のことを話すと、男を拘束し新条さんたちの安全は確保していた。パトカーのサイレンの音が聞こえていたようにすぐに警察は来てくれたものの、俺が被っているカボチャを見て彼らは呆気に取られていたが。
『これは一体……』
まあ確かに俺も彼らと同じ立場ならその光景に思考を止めてしまうだろう。強盗を取り押さえているのがカボチャの被り物をしている男……状況的にシャレにならんがコントでもやってるような光景だしな。
あの男は過去にも逮捕歴があり問題を数多く抱えていたらしく、つい最近に別の家で空き巣をしたことも判明しており捕まるべく捕まったというわけだ。
カボチャ頭の男という怪しさ満点の俺も最初は疑われたものの、新条姉妹とその母親が俺を必死に守るような勢いで庇ってくれ、何があったかも丁寧に説明してくれた。
『この人は私たちの恩人なんです! 決して怪しい人なんかじゃありません!』
いやでもカボチャ被ってるし、そんな警察の人の声が聞こえ俺は心の中でごめんなさいと謝罪をした。そしてそれからがかなり長かったが、無事に事件は終わりを迎え俺も無事に帰宅出来たというわけだ。
ちなみに、警察の人は俺の素顔を見たものの新条さんたちは知らない。ああいった時にどんな顔をすればいいのか分からなかったのもあるし、俺という存在を引き金に再び事件のことを思い詰められるのも嫌だったから。
『名前を教えて……』
『誰なんですか……?』
『是非お顔を……』
あの時の三人はまるで支えてくれる存在を求めているように見えた。姉妹も母親も俺から離れたくないと言わんばかりに手を伸ばしてきたが、俺は後ろ髪引かれる気持ちになりながらも彼女たちの前から去った。
……まあなんというか、あの瞳から伝わる想いを受け止めるのが俺には荷が重かったってことだ。
「でも二人とも今日学校来てるみたいだし強いよな」
そうなんだよな。
あんなことがあったのに姉妹はいつもと変わらずに登校しているらしい。クラスの友人たちに温かく声を掛けられたとか。
「ま、もう俺には関係のないことだな」
別にヒーローを気取るわけじゃないが、俺は彼女たちに恩を売ったとは考えていないし見返りを求めるつもりもない。
ただただ助けることが出来た、その事実だけが俺の中で大きな意味を持っているのだ。
「じゃあ飯行こうぜ!」
「おうよ」
「あいよ」
昼休みになり友人たちと共に食堂へと向かう。うちは早くに父が亡くなり、中学の頃に母も病気で亡くなってしまった。なので弁当ではなく基本的に昼は学食になるというわけだ。
「いただきます」
豚の生姜焼き定食を前に手を合わせて合掌した。そうしてメインである生姜焼きを口に運ぼうとしたところで食堂が少し騒がしくなった。
「お、お姫様たちが来たみたいだな」
「相変わらず人気者だよなぁ」
二人の言葉を聞いて入り口に目を向けると新条姉妹が友人たちと一緒にやってきた。類稀なる美貌と抜群のスタイルはそれだけで数多くの視線を集まる。
というか、あの二人が学食を使うのは珍しい気がする。まああんなことがあった翌日だし弁当の用意が難しかったのかな?
「俺たちみたいなやつには近寄り難い高嶺の花だよなぁ」
「んだんだ。遠くから見れるだけで満足しておこうぜ」
確かにな。
だが、改めて思うが本当に美人だと思う。
まず姉の
そして妹の
「ここにしましょうか」
「そうだね」
おや、二人について考えていると近くに彼女たちが腰を下ろした。友人二人が微妙にトレイをずらして距離を取るあたり、やっぱり彼女たち二人はとても眩しい存在なんだろう。
「……?」
っと、そんな風にチラッと見ていたら妹である藍那さんと目が合った。とはいえすぐに興味なさげに顔を逸らしたので、所詮俺も彼女にとっては全く興味のない一人の人間ってことだ。姉のブルーサファイアのような瞳と違い、妹の方はルビーのように真紅の色……ほんと、色んな意味で対照的な美しさだよな。
「でも本当に大丈夫なの? 今日くらい休んだ方が良かったんじゃ」
「本当に心配はいらないわ。自分でも思った以上に平気なの。それもこれも、私たちを助けてくれたあの方のおかげでしょうし」
「そうだよね。名前くらい教えてくれても良かったのに……ほんと素敵だったなぁ」
ガチャンと音を立ててしまったが気になったのは友人たちくらいで助かった。
でも、昨日のことは確かに彼女たちに恐怖を植え付けたことだろう。けれどああやって笑顔で友人たちと話が出来るくらいに元気なら何も心配は要らなかったか。
「なあ、俺たち聞いてちゃダメなやつじゃね?」
「だな。とっとと食っちまおうぜ」
その言葉には心から賛成だ。
俺は友人たちと言葉少な目に昼食を平らげ、すぐにその場から立ち去るのだった。
「あぁ緊張したわ」
「本当にな。でも……やっぱり美人だよなぁあの二人」
ただの美しさだけじゃなく、他者を魅了する何かが溢れているようにも感じる。たぶんあそこまで人を惹き付ける存在はそうは居ないだろう。見た目だけではなく性格も良いみたいだし……まあ噂では姉の方は極度の男嫌いなんて話も聞いたことはあるけどそこんところどうなんだろうか。
「そういや隼人は仮装のやつ何を買ったんだ?」
「ライトセーバーとカボチャの被り物だっけ?」
「あぁ」
「……芸がないな」
「うるせえよ」
そんなに凝ったものを買うほどの余裕はないんだようちには……まあ結構お金は仕送りされているけどこんなことに贅沢はしたくないからな。昼の授業に備えトイレに向かい用を足した後、俺たちはずっとそんなことを話していた。
「……??」
ふと後ろから視線を感じたと思い振り向いたが誰も居なかった。
……気のせいか?
「隼人?」
「どうしたんだ?」
「悪い何でもない」
友人たちに呼ばれ、俺はすぐに追いつくのだった。
「あなたが食事中にトイレに行くのは珍しいわね?」
「ふふ、ごめんね姉さん。ちょっとお腹の調子が……」
「……食事中なのだからやめておきなさい。幸いに聞いているのは私だけだから良かったけれど」
「ごっめ~ん♪」
全く悪びれぬ様子で戻ってきた妹は謝った。
食事中に下品な内容だが、こういう軽い部分も妹の愛嬌と思えば可愛いモノだ。それにしてもと、私は改めて昨日のことを思い返した。
もう少しで強盗の好きなようにされていたかもしれない現実、そんな私たちを救ってくれたカボチャの被り物をしていた男性のことが頭から離れない。
「……はぁ」
あの人のことを思うと心が切なくなる。顔を知りたい、名前を知りたい、けれどあの人は何も伝えずに警察の聴取に答えて居なくなってしまった。私も妹も母もあの人にお礼がしたかった……でもあの人は必要ないと消えてしまった。
「……はぁ」
そしてそれは隣に座る妹も同じようだ。
私たちを救ってくれたあの人、肩に手を置いて慰めてくれたあの優しさ、あの人から向けられる全ての感情をこの身に注いでもらいたい。あの人は今まで接してきた男とは違う、あの人こそ私が愛されたいと願う人なのだ。
「その助けてくれた人のことを好きになったの?」
友人の問いかけに私は首を振った。
好きになった……確かに間違ってはないかもしれないけど、私はあの人とそういう関係を望んでいるわけではない。どちらかと言えば私は……たぶん、繋いでほしいのだ。あの人の傍に、私という存在を永遠に繋ぎ止めて欲しいのだと思う。
「……隷属、したいと思ってるわ」
そう、私はあの人に魂まで隷属したい。
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