たぬきときどきたべるきつね

ななないなない

たぬきときどきたべるきつね

1.

ぶっちゃけた話、わたしはたぬき派なのだ。

だいたいすべてにおいて、きつねよりたぬきの方が好きなのだ。

たぬきは愛嬌があるし、『狐七化け、狸の八化け』と言って、能力的にきつねよりたぬきの方が強いのはよく知られた事実である。

まあ、分野(かっこよさとか?)においてはきつねの方が優れているところもないではないが、それでもだいたいたぬき方が勝っている。

もちろん、それは緑のたぬきと赤いきつねを比べた場合にだって同じことだ。

「あーかいきつねとみどりのたっぬっき」というフレーズについても、緑のたぬきの方を先にして「みどりのたぬきとあーかいきっつっね」するべきなのではないかと思ったりもするのだが、まあ、わたしはだから?普段はあんまり細かいことは言わないようにしているのだ。だから。


  なのに、こいつは。

   こいつは、わたしに、赤いきつねを食べろという。

 ふざけたことを…!

    だいたいそもそも日本人と言ったらそばだろうが!

      ここは関東やぞ?

 うどん勢力圏の関西ではないんやで!

      何考えてるんやまったくもう!

  困ってしまいますね!

   緑のたぬきはどこですか?


「だから、たぬき緑のたぬきはないんだよ。きつね赤いきつねしかないの。」

 僕が提供を申し出た赤いきつね。

 目の前のこいつはその『赤いきつね』の文字が踊る物体を、まるで親の仇でも見るような眼差しで睨みつけながらブツブツブツブツ言っている。

「聞いてる?きつねしかないの。」

「わたしきつね食べたことないんだけど!」

 ―それがなんだ…?

 ―食べたことないなら、丁度いいから今食べればいいじゃないか。

と、言いたいところだが、そんなこと言ってもこいつには通じそうにない。

 空腹のあまり、相当気が立っているようだ。体脂肪が少ないと腹が減った時にめちゃくちゃイライラすると聞くが、どうもそれは本当らしい。しばらくこいつを見ていただけでそれが事実なのだとよくわかった。百聞は一見にしかずだ。

 イライラしているには理屈を通そうとしてもダメだ。

「きつね食べたことないんだけど!!きつね食べたことないんだけど!!!!」

 僕の無反応な一瞬が、このの不貞腐れに胡麻油を注いでしまったのか、口を尖らせてガーガーガーガーとリフレインだ。

 お前は黄色いあひるか。

「きつねしかないの。美味しいよ。」

「きつね美味しくない。」

「食べたことないのに、どうして美味しくないってわかるんだよ。」

「えっ…」

「食べたことないのに、そんな風に言うのは赤いきつねに失礼だよ。」

「……」

 おっ、黙り込んだぞ。

 僕はきつねのふたをぺりぺりと半分くらいまで開けると、粉末スープの端っこを切ってさらさら中に投入する。これ、袋に粉末残ると損した気分になるんだよな。指で念入りに粉袋をカサカサ。ok、あんまり残ってない。

「…一理ある。お前の言うことにも一理あるが。」

 何か言い出した。

 僕はそのまま電気ポットにきつねのカップを近づけて、容赦なく、お湯を注いだ。



2.

「なんで、わたしがいいって言ってないのに、お湯入れるんだよう…」

「いや、たぬきたぬきって、たぬきないんだからしょうがないでしょ。」

「うう…」

「きつねとたぬき、そんなに差があるかなあ。どっちも美味しいよ。」

「たぬき、10分くらい待つと汁に浸かってるとこがでろでろになって、空気に触れてるとこは少しぱそぱそするんだよ。お湯を心持ち少なめにするのがコツだ。」

「う、うん。」

「天ぷらもどろどろになってるから、それをおそばと絡めてね。しっとり油が馴染んだ麺を冷えたご飯にちょっとずつ乗せて食べると、すっごい美味しいんだ。」

「そ、そうなのか。」

「神の食べもの…そう言っても過言ではないと思う。わたしは。」

「きつねも、そうやって食べてみたらどうかな…」

「何言ってるだお前。わたしはたぬきのこと言ったんだよ。」

「いや、美味しいかも知れないじゃない。」

「いいえ、ダメですね。たぬき緑のたぬききつね赤いきつねは違います。」



3.

 論争は15分以上続き…

 きつねは、でろでろになった…


「おいしい?」

「おいしい。」

 汁をたっぷりと含んで、でろでろになった赤いきつね。

 見た目的には、普通に調理した時のおおよそ1.5倍はあるだろう。

「すごい味がしみてておいしい!」

 サプライズで欲しかったおもちゃをもらったみたいな満面の笑みだ。

 なんだこいつ。

「これはご飯に合う…。たぬき以上なのでは…。いや、そんなはずはない…。」

 初めて赤いきつねを摂取した生き物は、でろでろ麺をご飯にちょっと乗せたり、たくさん乗せたり、汁をちゅるちゅる啜ったり、色々やってて忙しそうだ。

 ここまで伸びたきつねを食べるのは僕も初めてだったが、案外美味しい。

「おあげ食べないの?」

「おあげは最後にとっとくんだ!」

「ああそう…」

「これからはときどきたべてやってもいいぞ!赤いきつね!」

 なんなんだこいつ。可愛いやつだ。


 …僕は赤いきつねと緑のたぬき、これからはセットで買うことにした。

 

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たぬきときどきたべるきつね ななないなない @nintan-nintan

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