第30話 ~働~

僕は野良だ


好きにはしゃぐ

好きに狩りをする


今日は駅の前に来た

川原に移ってからは

遠くてなかなか

来ることができなかった


川原には新鮮な

虫や鳥がいるけども

たまには太ったネズミも

追いかけたくなる


季節が秋に移る頃の

ビルの裏手にいるネズミは

とてもまるまるしていて

格好の獲物なんだ


猫である僕には

川原から駅の前までは

一日がかりの大移動だけど

楽しみたいからね


急ぐ人間達の合間を縫って

ビルの隙間に入っていく

チョロチョロと動くそれを

見逃さずに追いかける


ガシャンと音を立てて

裏手に回ってネズミを攻める

疲れて鈍くなったそれを

一気にくわえてやった


「また性懲りも無く」

「追いかけていたんですか」


いきなり後ろから

声をかけられて驚いた僕は

くわえていたネズミを

離してしまった


あ!ネズミ!逃げちゃった!

もう!誰!驚かさないでよ!


ぷんぷんしながら

後ろを振り向くと

聞き覚えのある声に

また話しかけられた


「あれほど言ったのに」

「猫の本能は強いですね」


ぬお!?

この敬語は!?


しゃがんで僕に話しかける

その人をよく見たら

ちょっと前に会った

メガネスーツさんだった


「お久しぶりですね」

「お元気そうでなにより」


あ、おひさしぶりだねー

その節はどうもですー


なんとなくこの人の前では

僕も礼儀正しくなってしまう

なんとなくむずがゆくなりながら

僕はお座りをしてしまった


「ずいぶんと」

「丸くなられて…」


うるさいな!

どーゆー意味!?

何が!?体型!?性格!?


僕が抗議のひと鳴きすると

メガネスーツさんは

僕をまた抱っこして

どこかへ歩いて行く


「これも何かの縁ですから」

「休憩をご一緒しますか」


前のようにコンビニに入り

僕は入口で待っていた


しばらくすると

片手にアイスコーヒーと

もう片手にビニール袋を持って

メガネスーツさんが出てきた


「では、この前のベンチへ」


僕を抱っこできないからか

一緒に歩くように促された


変な感じだなぁ…

どうしてこの人

僕が逃げると思わないんだろう?

悪い気はしないんだけどさ


ベンチに着くと

この前と同じおやつを出して

僕の口元に持ってきてくれた


それをペロペロと舐めると

また幸せな気分になってしまう


「美味しそうにして貰えると」

「こちらまで嬉しくなります」

「私もなかなか休みがなくて」

「一緒に休めて光栄ですよ」


アイスコーヒーを飲みながら

ニコニコとしているメガネスーツさん

その顔の目の下には

クマが出来てるように見えた


ちゃんと休まないと

ダメなんだよー?

人間って働きすぎだよ

具合悪くなっちゃうよ?


僕がにゃごにゃごと鳴くと

メガネスーツさんは

更にニコニコして

僕のアゴの下を撫でた


「どうやらお気遣い頂いてますね」

「ありがとうございます」


うーん、伝わってるようなんだけど

なんかすこしズレてるなぁ


「あなたはあなたで」

「働いてらっしゃいますけどね」


うむ?僕が?働いてる?

どういうことだろう?

僕は好きにしている

だけなんだけどなぁ


「ネズミを追いかけるのは」

「猫の性、仕事なんでしょうね」


えー… 僕の仕事なの?

ネズミを追いかけるのは

好きだからじゃなくて?

生きるためじゃないの?


よく分からないなぁ…


僕は首をかしげながら

またおやつにかぶりついた


「生きるっていうのは」

「働くって事ですから」


メガネスーツさんって

もしかして仕事人間?

ニコニコしてるけど

疲れてるんじゃないのかな?


僕はおやつでベタベタの手を

丁寧に舐め取ってから

メガネスーツさんの

太ももにポンポンして

思いを伝えようと鳴いた


ねえ!そのうちさ!

僕が住む川原に来なよ!

キラキラしてて気持ちいいよ!

草むらで一緒に丸くなろうよ!


僕は言葉が話せないけど

必死に語りかけた

メガネスーツさんが

倒れるのは嫌だからね


そんな僕の様子を

不思議そうに見て

メガネスーツさんは

キョトンとなった


「何か話してらっしゃいますね」

「私にはよく分かりませんが」

「休めと言われているような」

「そんな気がしますね」


なんとなく伝わったみたいで

僕は満足して、にゃあと鳴いた


「あなたが休めと言うのなら」

「少しは考えてみますか」


そう言うとメガネスーツさんは

僕の背中をなでなでした


僕は黒猫だ


必死で生きて

影で頑張っている

生きるためには

休むのも必要なんだ


頑張りすぎないように

それも猫の仕事だから


人間だってそれは

同じなんじゃないのかな

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