Ep.38 対決と嘘
「あすなを止めなきゃ!」
ベンチに集まったメンバーを前に、美海は食ってかかる勢いでいった。
「気持ちはよくわかります。ボクもウィンディーネ戦で同じことを考えた。でも、彼女を止めることよりも、ボールを通さないことを考えたほうがいい」
円華がとりなすようにいう。しかし、そのための方策も出てこない。
黙り込んだ選手たちに、友美が苛立たげにいった。
「今日はまだアクルクスらしさが全然出てない。最初の得点をもぎ取ったのはトリックプレーだけれど、ポイントはそこじゃない。瑠衣が高さで勝負したってことでしょ。3番の佐生や4番の早乙女に意識を持っていかれすぎて、あなたたちの良いところが全然見えない。あなたたち、この三ヶ月間ひたすらあの練習を繰り返してきたんじゃないの?」
短い沈黙のあと、英子がいった。
「せやな。今日はまだあのズバーンっちゅう速攻もないし」
「るいも全然飛んでないし消化不良って感じ」
「ボクもディフェンスの厚さに、焦ってシュートしてました。もっと1オン1で切り込むことができたと思います。そうでしょう、イズ先輩」
「そうだね。確かに獅子堂遥の威圧感に押されて、シュートする前に負けてたかも」
口々に選手たちがいい、綻びかけていた結束が結びなおされていく。
それでも、俯いたまま美海は呟く。
「だとしても……やっぱりあすなは止めなきゃ」
「なら、丁度いいや。るい、次のクォーターから飛びまくるから、ディフェンスまで手が回らないかもしれないし、ミウが守ってくれるんなら、頼もうかな」
瑠衣が美海の肩をポンと叩く。
「いりえる……ありがとう」
「ただし、絶対にヘバったとかいわないでよ。何のためにあの過酷な下半身トレーニングしてるか、わかってるでしょ」
美海は勢いよく頷く。夏合宿ではスタミナがもたずに、4クォーターを戦い抜くことさえできなかった。けれど、友美の徹底的な下半身強化によって、スタミナは以前とは見違えるようにアップしている。
友美が彼女たちを見て、手を叩いて鼓舞する。
「まだ逆転できない点差じゃないわ、残り2クォーター、全力でアクルクスのすべてをぶつけてきなさい!」
「はいっ!」
第3クォーターも可児は押しドローを選択していた。確実にドローをキープして、前線に送るつもりだろう。
笛の音とともにボールが高く上がる。サークルの外側にむかって飛んだボールにむかい、瑠衣と戀がジャンプをする。キープしたのは瑠衣だ。
着地すると瑠衣は大きく左サイドに走り、佳弥子にパスをつなぐ。
しかし、すかさず藍がマークについた。
「今度はボール持ってるよね!」
佳弥子のクロスをチェックし落球したルーズボールに、あすながまっすぐ向かってきて手を伸ばした。
「もらったぁ!」
しかし、あすなが掬い上げたクロスは、下から突き上げられる。
はっとしたあすなが振り向くと、すぐ隣で美海がクロスを突き出していた。
「スクープで手を伸ばし過ぎるとチェックされるよ、あすな」
美海の言葉に、あすながにんまりと笑う。
「待ってたよ、ミウ!」
同時に走り出し、ルーズボールをキープした美海は、足を踏み込みターンをする。行く手を阻むように、あすなが並走する。
さすがに進路をふさぐのもうまい。けれど、この状況なら、夢で見るほど繰り返し練習している。
美海は瞬時にパスコースを二つ確認する。一番近い佳弥子には戀がついている。
遠めだけど、星南に送る方が確実だ。
「セナ!」
美海のパスをキャッチした星南が駆け上がる。しかし、星南を可児と藍が二人がかりで抑えにくる。美海はあすなと星南の間に身体を入れて、あすなの進路をふさぐ。
その空いたスペースに佳弥子が走り込んで「日比井先輩!」とボールを呼ぶ。星南が佳弥子へのパスモーションを繰り出す。
「渡すもんかーっ!」
藍がパスカットをしようと佳弥子と星南の間にクロスを差し出した瞬間、星南はクロスを引っ込め、ダッジで藍のすぐ脇をすり抜けた。
「嘘でしょ⁉」
二人を抜き去り、星南は守備陣がまだ戻れていない右サイドの円華にパスを送った。
円華はボールをキープしつつ、11mエリアに近づく。
「彩、2番に寄せて、ナツは13番」
獅子堂が5番牛尾と3番糸魚川に叫びながら、守備のポジションを調整する。円華は泉美に視線を送る。
「椎名先輩!」
円華のパスモーションに、左前方を守っていた5番が一瞬、視線を泉美に送る。
次の瞬間、円華は大きく左足を踏み込み、ブレーキをかけ、右足に重心を乗せロールする。泉美へのパスはフェイクだ。
慌ててホールドしようと腕を突き出した5番のその更に下、かがむような低い姿勢のまま、円華は守備陣の中央に突入する。
その間に泉美は糸魚川のすぐ前に身体を入れてスペースを作る。
円華のシュートを封じに来た8番八木をかわし、前方に体を投げ出しながら、左に浮かせるように出したパスは、円華のダッジと同時にカットインしていた美海にドンピシャで渡る。
「ミウ先輩、打って!」
円華が叫ぶ。
八木のチェックを避けながら放ったシュートは、遥の顔の真横を通過し、クロスバーギリギリの右隅に飛び込んだ。
泉美が歓声をあげながら飛び跳ね、美海に抱きついた。
まだ、両手にしびれるような感覚が残っている。思い出すだけでその震えるような歓喜が蘇ってくる。相手をまんまと欺いた、その喜びが。
それは、お盆休み前の練習でのことだった。
「もー、最近のちぃルイペア強すぎでしょ!」
「確かに、いりえる先輩がボールマンだと、ちぃ先輩の動きが、格段によくなりますね」
3対2のパス練習で負けた裕子が罰ゲームのスクワットをこなし不服そうに口を尖らせた。
千穂、瑠衣、八千代がオフェンス、裕子と佳弥子がディフェンスだったのだが、八千代からのパスに比べて、千穂と瑠衣の間のパスは、ディフェンスの動きより、明らかにワンテンポ上回っていた。まるで最初から、千穂が瑠衣の動きを知っていたかのようにパスを出すのだ。
「ちぃとるいの絆ってやつ?」
瑠衣が余裕ぶっていうと、千穂は苦笑いでこたえた。
「実は、ルイとあらかじめサインを決めてたの」
「なんですぐバラすし!」
瑠衣が抗議するも、千穂は「だって、みんなもできたら良くない?」と呑気な調子でいう。
「でも、野球みたいに、毎回プレーが切れる競技ならわかりますけど、瞬時に判断が求められるラクロスで、サインプレーってどうなんですか、キャプテン」
佳弥子にたずねられ、星南は少し考える。
「アイコンタクトはあっても、サインでやり取りってあまりしないわね。そもそも、フィールドが広いから、小さなサインだと見えないし……」
「だから、一瞬でわかるサインにしてるんだよ」
「どういうこと?」
八千代がきくと、瑠衣はニヤッと笑った。
「呼び方だよ」
さっきのプレーで、佳弥子は「日比井先輩」と呼んだ。しかし、これは嘘のコール。もし、本当にパスを要求するならば、「キャプテン」といつもの呼び方をする。
同じように、円華が「イズ先輩」ではなく「椎名先輩」と呼んだのも、パスモーションがフェイクである合図。そのため、泉美は円華が突破するよりも早く、ディフェンスの糸魚川を抑えてスペースを作り、そこに美海がカットインして、切り込んだ円華からのパスを受け取ったのだ。
事前に相手がどう動くかを知れば、一歩早く動き出せる。それが、この三か月間、必死に身につけてきたアクルクスの新たな武器だ。
「ナイスシュート」
星南がゴール前の美海の元に寄ってきて、クロスを差し出した。美海はこつんとヘッドをぶつけてこたえた。
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