一方その頃日本では

時差がないばかりに、試合中ちょうど学校の時間だったり練習の時間だったりしてリアルタイムで見ることが出来なかったと文句を言うクラブ員が何人かいる。


しかしリリィはそれどころではなかった。


ここ最近、スケートリンクに来る度にもっと練習をしなければならないという焦りに駆られる。


焦りは良くないことは分かっている。フィギュアスケートは日進月歩、一日一日が大切。


しかし、同じだけの期間を練習してきたクラブ員の中で世界にも行けると言われている子がそばに何人もいるのに、自分はいつやめ時を見つけなさいと言われるか分からない状態になっている事実はどうしようもなくリリィの精神を摩耗させた。


スケートから離れたくなかった。ただただスケートをする最もな理由が欲しかった。


そのためには世界に行けるくらいにならないと、間もなく母からコーチから引退勧告されてしまうだろう。


上手い子の真似をしてみようとした事があるが、黄昏FSCのモットーは一人一人の個性を伸ばすこと。

そのおかげで、リリィにとっては難しいことが他の子にとっては元々得意なことだったりして参考にならないことが多々あった。


「私って何が強みなんだろう..........」


と安村コーチにさりげなく聞いてみるが。


「うーん........」


としばらく悩まれてしまったので、ますます落ち込む。

もうコーチから離れようかと思った時


「誰よりもスケートが好きって気持ちが強みなんじゃない?好きじゃなきゃこんなにも毎日誠実に続けられないでしょ」


そう言われて思わずその場で固まる。


誠実に...とは言われたことは無かったし思ったこともなかった。

定期的に練習中に落ち込むし、いつまで経っても新しい技覚えないし。


一体どの辺がどう誠実に見えるのか聞こうとした時


「だからおしゃべりは終わり、練習に戻って」


と氷の上を指された 。


「はーい...」


誠実に...自分の何が誠実かは分からない。


しかし、その二文字の言葉は再びリリィに努力を重ねる決意をさせるには十分だった。


「ショート誠也くんが1位で、柚ちゃん5位だって」


と聞こえてきた。


いつもこのリンクで練習している柚樹を思い出す。

ここに引っ越してきてから、すっかりみんなの兄貴分となった柚樹は今はもう世界の高村柚樹になりつつある。


柚樹の大分にいた頃の全日本ノービスでの順位は最低で20位だったと聞いている。


それが今や世界に出て5位だ。こんなにも近くに大きな成長をした人がいるではないか。


それなら自分も...と思ったが


(でも私、ちっちゃい時からこのリンクなんだよね...柚ちゃんは元々練習環境があんまりなところにいたのに全日本に出てた...私は...練習環境に困ったことなんてないのに.....)


と再び負の思考に陥ってしまうのだった。


それを振り切るために頭を強く振り、滑り出した。

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