track.33 予期せぬ遭遇

 あの後、ノエルは僕らの邪魔をしちゃ悪いと言って、どこかへ行ってしまった。

 僕としては胸を撫で下す思いではあったけれど、変な気持ち悪さはなくならなかった。



 そして、結局夕方まで毘奈の買い物に付き合わされた僕は、日が傾きかけた頃、ようやく最寄りの駅まで帰ってきていた。



 「うーん! 今日は楽しかったね! 吾妻、また行こうね!」

 「ああ……うん」



 毘奈は体を伸ばしながら、嬉しそうに僕に言った。

 正直、こっちはノエルの出現やら何やらで、そんな余裕なんてなかった。それを抜きにしても、毘奈に振り回されて純粋に買い物を楽しむどころではない。

 まあ、それでもこいつのお節介は僕を気遣ってのことだし、多少気晴らしになったのも事実だから、ちょっとは感謝してやらなきゃな。



 僕らは薄暗くなり始める駅前の通りを抜け、帰りの途につく。

 結構遅くなってはしまったが、この後毘奈と別れたら霧島のマンションに行かなきゃな。この時間だし、おそらく家にいるはずだ。


 

 そんなことを呑気に考えていたもんだから、僕はこの後の展開を予期できるはずなんてなかったんだ。

 通りの先は、西陽が照らしていてよく見えなかった。それでも、何か大きな物を背負った男女二人組の姿が見えたんだ。



 「ねえ、吾妻、あれって……」

 「……え?」



 先に誰なのか気が付いたのは、毘奈であった。

 唖然としている僕と毘奈を見て、向こうも僕らの存在に気付いたようで立ち止まって声を上げた。



 「那木君……天城さん?」

 「マリ……リン?」



 全く、神様ってのは本当にそそっかしいもんだ。会いたかった彼女が向こうから来てくれたのは良かったが、少しはシチュエーションってものを考えて欲しい。

 何しろ、こっちは毘奈と一緒だし、向こうは向こうで何か余計なものを連れているようなんだから。



 「霧島……と、佐伯先輩?」

 「おう、誰かと思えば、こないだ摩利香と一緒に部室へ来た一年じゃねーか!」

 「は……え? 摩利香……?」



 突然現れた霧島と一緒にいたのは、軽音部の変人の佐伯先輩であった。

 まあ、百歩譲って二人で歩いているのは許そう。ギターを背負っているから、単に部活の帰りとかってことだろうしね。

 だけど何だ? この野郎、霧島のことを気安く“摩利香”なんて下の名前で呼びやがって。僕だってまだ呼んだことないのに!



 「しかしよー、お前って意外にモテんのな。今日もずいぶん可愛い子連れてんじゃねーか」

 「勘違いしないで下さい。毘奈はただの幼馴染ですよ」

 「おいおい、どうしたんだよ? 何か俺、気に障ることでも言ったか?」

 「いいえ、別に……すみません」


 

 何だか無性に腹が立ってきて、僕は露骨に悪態を吐いた。そのせいで、その場の空気はすこぶる変なものになってしまう。

 それに気を遣ってか、毘奈がお道化ながら霧島に話しかける。



 「マリリン、やるじゃん! こんなかっこいい先輩連れちゃってさ! このこのー」

 「あ……天城さん、私と先輩はただ帰る方向が一緒なだけで……」



 毘奈の軽口に、霧島は戸惑いながら否定した。いつもは気にもしない毘奈の軽口が、僕の気分を余計に逆撫でする。

 いかんいかん、怒ってる場合じゃない。霧島が気まずそうに僕を上目遣いで見たので、僕は反射的に声を上げる。



 「き……霧島!」

 「な……那木君!」



 僕と霧島は、ほぼ同時に互いの名前を呼び合っていた。こうなると、二人とも遠慮して声が出せない。



 「ど……どうしたの霧島?」

 「いいの……那木君から言って」



 霧島が譲ってくれたものの、僕はこの場で何を言ったらいいものか分からなかった。まさかこの二人の前で、ノエルが霧島のことを追っているなんて言えるわけがない。

 結局、僕の口から出た言葉は、毒にも薬にもならないどうでもいいものだった。



 「えーと、あれから軽音部で上手くやれてるか?」

 「……ええ、皆んな凄く親切にしてくれるわ。申し訳ないくらい……」

 「あはは……なら良かった! 心配してたからさ」



 おいおい、一体何を聞いてるんだ僕は? 仕方ないことだけど、会話の中身無さ過ぎだろ。



 「で……霧島はどうしたの?」

 「ううん……後にするわ。明日、私の部屋に来れるかしら?」

 「え? うん……行けるよ」



 僕が不思議そうに答えると、霧島は安心したように柔らかく微笑した。

 僕はそれまでのイライラが嘘のように吹き飛んでしまい、強張った表情が緩んでいた。

 しかし、その気分に水を差すように佐伯先輩がしゃしゃり出てくる。



 「おいおい、後輩。デート中に別の女とデートの約束するとか、そりゃ無粋ってもんじゃねーか?」

 「いや、僕らは別にデートなんかじゃ……ん?」



 服の裾が引っ張られているような気がして、僕は振り返った。

 すると、何故か俯いた毘奈が僕の服を掴んでいたんだ。何だよ、毘奈らしくもない。



 「吾妻……もう遅いしさ、そろそろ帰ろ……」

 「あ……おお」



 僕は明日の15時過ぎに霧島を訪ねる約束をし、二人と別れた。



 僕としては、霧島と会う約束もできたわけだし、とりあえずはあれで良かった。

 しかしながら、その後の毘奈が妙にしおらしいというか、元気がなくて調子が狂ってしまった。

 さすがに居たたまれないもんだから、僕は毘奈を気遣う。



 「どうしたんだよ、毘奈? さっきから、急にしょんぼりして……」



 そうすると、不意に立ち止まった毘奈が寂しげに呟いた。



 「ずるいよ……今日一日私だって頑張ったのに……」

 「……え? 頑張ったって……へ?」

 「マリリンとちょっと喋っただけで、あんなにいい顔するんだもん……」



 僕は毘奈の言葉の意味が分からなかった。それでも彼女はお構いなしに、溜まったものをつらつらと吐き出していった。



 「わかってるよ……私は最初からマリリンに負けてるって。一度吾妻を裏切ってるんだもん。だけどさ……」

 「ちょっと……毘奈……うぇ?」

 


 どうしよう。毘奈はいつになく真剣そうだし、今から言っている意味が分からないなんて、言える雰囲気じゃないぞ。

 そう、そして彼女は、頭真っ白の僕を見て儚げに囁いたんだ。



 ――もう少し……もうちょっとだけ、私のことも見て欲しいな……」



 確かに、僕は最近霧島のことばかり見ていたのかもしれない。

 霧島が変わっていくように、毘奈だって少しずつだが確実に変わっていってるんだ。

 僕が表情を曇らせると、毘奈は何事もなかったかのように僕を揶揄った。



 「な~んてね、吾妻本気にした? 迫真の演技だったでしょ?」

 「お前な……」



 はぐらかされてしまったが、僕にはさっきの毘奈が嘘を言っていたとは思えなかった。

 それにしても何だったんだろう? やっぱり、最近毘奈の様子が少しおかしいんだ。



 「あれじゃ、まるで僕のことが好きみたいな物言いじゃないか……まさかな」



 家に着く頃には、すっかり毘奈は元の鬱陶しい系の幼馴染に戻っていた。

 まあ、今は変な詮索をしている場合じゃない。明日は霧島とノエルのことを、真剣に話し合わなきゃならないんだから。

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