track.11 幼馴染再び

 やっとこさあのDQN系女子たちから解放された僕と霧島は、暮れかかりそうな空の下、帰りの途についていた。

 さて、だいぶ遠回りしてしまったが、ようやくこの前の屋上の続きだ。この日の為に、全く興味のなかった洋楽を聴き込んできたのだから。



 「そう言えば、霧島! 貸してもらったオススメの曲の中の……えーと、プライマル・スクリームの『カム・トゥゲザー』だっけ? あれ、すげー良かったよ! さすがは霧島のオススメだなー!」



 僕のちょっとわざとらしいネタフリを聞いて、霧島は徐に立ち止まると、僕の顔を訝し気な顔で見上げた。

 し、しまった。やはり少しわざとらしかったかな? でもまあ、確かに結構気に入ったし、携帯にダウンロードしちゃったのも事実だ。



 「ふん……あの曲をいいと思うなんて、あなたも少しはUKロックの何たるかが分かってきたようね」

 「……ふう(助かった!)」



 霧島は疑念を抱くどころか、表情こそさして変わらないものの、だいぶ機嫌が良さそうだった。

 よしよし、これで間がもちそうだ。



 「いやー、メロディーも優しいしさ、最初は歌詞からして普通のラブソングなのかと思ったけど、単純に男女の色恋とか……そう言うのよりもっと深いメッセージ性を感じたよ!」

 「そうね、プライマルファンの中にも、あの曲をベストに選ぶ人が多いの。私も大好き……」

 「できれば、また何かいい曲教えてくれよ! 最初は言葉が分からなくて抵抗あったけど、何だかハマりそうな気がするよ!」

 「そ……そう、そこまで言うのであれば、し、仕方ないわ……また何か、貸して……あげないことも」



 僕もだいぶ大袈裟に言ったけど、霧島はロックを語りたい衝動に抗えず、僕を遠ざけるようなことはしない。

 まあ、今日は色々あったが、空の彼方には薄っすらと黄昏色が滲んできて、僕はまた少し霧島と打ち解けられた気がしていた。

 そう、あいつに出くわすまではね……。



 僕らがぎこちなくも楽し気な会話をしていると、少し赤みがかった逆光の眩しい道の先に、一人の女生徒がずいぶんと思い詰めた感じで立ち塞がっていた。



 「那木君……あの子、確か……」

 「げっ! ひ、毘奈!?」



 ああ、今日は色々あったが、まだこれでは終わらせてくれないようだ。

 とにかく、もうかなり面倒なことが起こるってことは確定だった。

 毘奈のただならぬ雰囲気に呆気にとられる僕と霧島。毘奈は生唾を呑み込み、緊張した面持ちで言葉を発した。



 「吾妻、あんなに言ったのに! 言うこと聞かないんだから!!」

 「だ……だから、こないだも言っただろ? 俺は……って、そもそもお前、部活じゃないの?」

 「早退したの!!」

 「早退って、え? ……ええ!?」

 「もういいもん! 吾妻がそこまで言うなら、私が幼馴染としてどんな人なんだか直接確かめるんだから!」

 


 よくわからんが、毘奈はあんなに怖がっていた霧島と、直接腹を割って話す覚悟を決めて来たらしい。

 毘奈は少し怯えながら探り探り霧島に歩み寄り、真剣な面持ちで霧島の顔を、キスでもしちゃうような距離でまじまじと見つめた。



 「ちょっ……何なの、この子?」

 「うーん……悔しいけど、改めて見ると、女の私でも気を抜くと好きになっちゃいそうなほどに可愛い……小柄なのも、ポイント高いし……」



 毘奈は顎に手を当て、難しそうな顔をして論評を始めた。

 とりあえず、毘奈の中で第一ラウンドは完全に霧島に軍配が上がったようだ。霧島は首を傾げ、怪訝な顔をしている。

 すると、毘奈はふと目線を下げて霧島の胸の辺りを見た。かと思うと、自分のと交互に見返しだし、最後には踏ん反り返ってしたり顔をする。



 「ふん……どうやら、こっちはまだまだのようね!」

 「だから、なんなの……?」

 「ああ……なんか勝ち誇ってる」



 霧島は更に混乱するも、悪意を感じたのか反射的に手で胸を隠した。

 まあ、毘奈だってその辺は空木先生なんかと比べれば、決して威張れるような代物じゃないんだけどね。

 とにもかくにも、これで勝負は一対一の対に持ち込まれたってわけだ。一体何の勝負だかは謎だけど……。

 


 「那木君……さっきからこの子、何をしたいのかさっぱり分からないのだけど……?」

 「霧島……うちの幼馴染が本当に申し訳ない。だけど、僕にもさっぱり分からん」



 一人で勝ち誇る毘奈を、僕と霧島は唖然としながら眺めていた。

 いい加減、僕と霧島が呆れているのに気付いたのか、毘奈は少し焦った様子で畳み掛けようとする。



 「ちょっとばかし人より可愛いからってね、むっつりの吾妻を垂らしこんだみたいだけど、私はそうはいかないんだから!」

 「ちょっと、毘奈……もういい加減に」

 「吾妻は黙ってて! 私はね、吾妻が道を踏み外さないよう、那木ママから面倒見るように頼まれてるんだからね! それにね、吾妻がどんな女の子と付き合うかは、私が見定めるって約束があって……だから、幼馴染として……えーと……」



 もはや、毘奈は自分でも何を言ってるか分からなくなってきていた。

 もう勘弁してくれ、こっちは恥ずかしくてしょうがないんだから。



 「よくわからないけれど……那木君も色々と大変なのね」

 「ああ、そう言ってもらえるだけで涙が出るよ……」



 毘奈についてはもう収拾がつかないので、このまま本人が満足するまで喋らせておこう。

 そんなことより、僕は霧島が何か別のことを気にしていることに気付いた。

 霧島は暴走する毘奈を尻目に、振り返って道端に立つ電柱の影を伺った。薄暗くなってきて見えにくいが、確かに人の気配を感じる。



 「そこのあなた、さっきからコソコソこっちを伺っているようだけど、私たちに何か用かしら?」

 


 すると、だいぶ焦った様子でもぞもぞと、うちの高校の女生徒が電柱の陰から顔を出した。

 おさげをした小さくて大人しそうな女子だった。その子は酷く怯えた様子であったが、霧島に何かを伝えたそうな感じだ。



 「ちょっと! 私の話まだ終わってないんだけど!」

 「うん、とりあえず、あっちのが深刻そうだから、お前は黙ってようか……」



 露骨に無視された毘奈がブーたれるが、霧島の気はめっきりおさげの女子にいっていた。僕はいいチャンスだと思って毘奈を黙らせる。

 だが、電柱の陰から出てきたおさげの女子は、酷くキョドって何も言うことができない。霧島の威圧感もあるだろうが、相当コミュ症みたいだ。



 「あなた……うちのクラスの赤石 光あかいし ひかりさんでしょ? 学校にも来ないで、こんなところで何をやっているの?」

 「わ……わわ私は……その……えーと……ききき……霧島……さん……に……」



 痺れを切らした霧島が問い質す。どうやら、霧島のクラスメイトであるらしい。

 色々と突っ込み所は満載だが、とりあえずは霧島がクラスメイトの名前をちゃんと憶えていたことにまずは驚きだ。

 で、おさげの子……赤石 光は何か喋り始めたようだけど、これがまた酷いブツ切れで、通訳が必要なんじゃないかとすら思った。



 「そう……私に言いたいことがあるのね」

 「わ、わかるんかい!」



 霧島がそう答えると、赤石 光はコクコクコクと何回も肯いて見せた。

 そして赤石は恐る恐る霧島に近づいていき、唐突に頭を深々と下げたんだ。



 「何の真似かしら?」

 「ご……ごめん……なさい! わ……たし……のせいで……霧島さん……あんな……ことになって……」



 相変わらず、赤石が何を言ってるのかは理解に苦しんだ。だが、どうやら霧島に対して必死に謝っているのだということは伝わってくる。

 霧島は変わらず無表情のままであったが、赤石の思いを全て察したようで、淡々と返答をした。



 「別にあなたのせいではないの……。全ては私が選んだ結果よ……何も後悔はしていないわ」



 おさげでコミュ症で、おまけに不登校の赤石 光は、彼女なりに必死に霧島 摩利香へ思いを告げに来た。

 そして、まさに彼女の存在こそ、謎に包まれていた霧島事件を読み解く為の大きな鍵であったのだ。

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