track.10 DQN系女子の苦悩

 あのままあそこにいたら、教師でも呼ばれて大騒ぎになってただろう。

 DQN系女子三人組にとってもそうだが、霧島も一応停学明けの身分だ。今あまり問題を起こすのは得策ではない。



 僕は気を利かせたつもりで、校門付近から学校近くの自然公園へと皆を移動させた。

 まあ、DQN系女子三人も喧嘩が目的じゃないようだから、話くらいは聞いて帰ってもらおうじゃないか。



 僕と霧島は自然公園にある比較的目立ちにくい東屋の中で、再度DQN系女子三人組と向かい合っていた。

 場所は移動したものの、霧島は恥をかかされた分怒り心頭である。



 「あなたたち、一体何を考えているの!? あんなところで徒党を組んで土下座とか、もう、何なの? 馬鹿なの!?」



 霧島の言いたいことも分かるが、それをこの三人に言うのは些か酷というものだ。

 DQN系の人に常識的で知性的な行動を期待するなんて、学年一位の優等生に万引きのコツを聞こうとするくらい愚かな行為だからな。

 


 「まあまあ、霧島……とりあえず、話だけ聞こうよ。……それで、君らは一体誰なの?」



 全く、自分の名前を名乗る前に土下座するなんて、失礼なのか、むしろ礼儀正しいのか分からなくなってくるよ。

 一応仲介に立った僕の話を聞いて、DQN系女子のリーダー格の女子が申し訳なさそうに名乗り出す。



 「わ……悪かったよ。あたしは高水 惣子たかみず そうこ……五竜高の二年だ」

 「う、うちは五竜高の一年、岩茸 七子いわたけ ななこッス」

 「お、同じく一年の石山 多摩美いしやま たまみッス」

 


 因みに五竜高校というのは、全校生徒の八割以上がヤンキーという県内屈指のロクでもない高校だ。喧嘩に恐喝、万引きにドラッグと、起こす問題も多様性に事を欠かない。

 不幸にして、僕が通う皇海学園高校とは割と距離が近く、うちの学園の生徒がカツアゲに合ったなんて話もそう珍しいものじゃないらしい。

 まあ要するに、こんなことさえなければ、絶対に関わりは持ちたくない連中だということだ。

 


 「……で、あなたたちが土下座してまで私に頼みたいことって何? また来られても迷惑だから、話だけは聞いておくわ」



 霧島は溜息を吐き、半ば呆れながらリーダー格の高水って女子に問い質す。高水さんは待ってましたとばかりに声を上げた。



 「すまない、恩に着るよ! 実はさ、あたしら五竜のあるグループに狙われてんだよ……」



 五竜高のヤンキー女子、高水 惣子の話はこうだ。何でも、元々異なる派閥の不良グループが割拠していた戦国乱世の五竜高校を、ある男のグループが全て一つに掌握しようとしているらしい。

 男の名前は二年生の三島 鷹雄みしま たかお。比類なき強さと支配力によって、総勢百人以上の不良グループ『三頭会さんとうかい』を立ち上げ、現在では全校生徒の不良のうち九割を影響下においてるって話だ。

 それだけでもかなり物騒な話なのに、噂では裏で暴力団と繋がりがあって、薬の密売なんかにも関わっているらしい。



 「あたしら、こんなだけど、あんな薄汚ねー連中とつるむなんて絶対嫌なんだ……」

 「でも、三頭会の奴ら、従わないうちらを数の力で追い詰めて、無理矢理服従させようとしてるんス!」

 「しかも、うちの姉さん可愛いから、三島の奴、自分の女にしようとして……」



 要するに、五竜高校内部での権力抗争ってことだ。そんなの僕らには知ったこっちゃない。

 しかも、絶対に関わっちゃいけないやつだ。当然霧島だってそう思っている。



 「それで? なんで他校の生徒である私が、あなたたちを助けなければいけないの?」

 「誰とも群れず、誰にも従わず、立ちはだかるものは容赦なく叩きのめす……あんたは、あたしらみたいな不良女子の憧れなんだよ! あたしら三島なんかに従う気はねーが、あんたの下だったら!!」

 「今、五竜じゃ霧島さんは、伝説の不良として反三頭会派の生徒たちのカリスマッス! さすがの三島も、霧島さんが相手となれば、そう簡単には手出しできねーッス!!」

 「そうッス! 霧島事件の話を聞いた時は、うちらも痺れたッス!! マジかっけーッス!! どうかうちらを霧島さんの傘下に入れて欲しいッス!!」



 霧島も色々と大変なんだね。この時ばかりは、ちょっと同情しちゃったよ。

 でも、霧島は当然断るわけで……。

 


 「……帰って」

 「そこを何とか、この通りだ!」

 「うちらからも、どうか頼んまス!」

 「あなたについて行きたいッス!」



 三人はテンションがうなぎ上りとなり、また土下座でもしだすんじゃないかって冷や冷やしたよ。

 でも、DQN系女子三人が異様に盛り上がる変な空気は、声色を変えた霧島の一言で、一瞬にして静まり返るのだ。



 「帰ってと言ったの!」



 少し語気が変わっただけだった。別に何が起こったってわけじゃない。

 ただ、僕の背中に突然ゾゾっと不吉なものが走って、おそらくDQN系女子たちも同じものを感じ取ったに違いない。

 ふと霧島を見ても、いつもの小柄でミステリアスな少女が立っているだけだった。

 なのになんだ? 隣にいるだけで、今すぐ逃げ出したくなるような猟奇的な何かを感じたんだ。

 猛獣に睨まれた哀れな子羊……いや、僕ら全員がまるで喉元に刃物でも突きつけられているようだった。



 その光景を見てハッとしたのか、霧島は一呼吸おいて場の空気を沈めてから、再度喋り出した。



 「……悪いけど、帰って、やはり迷惑よ」

 「そ……そんな! そこを何とか頼むよ! あんたが力になってくれないと、あたしらは……」

 「あなたたち……真っ当に生きようと思えば、生きられたでしょ? そんな周囲を威圧するようなパンクな格好して、エイティーズ・メタルみたいな馬鹿な頭して、不良ごっこの成れの果てが今の状況じゃない。普段はつっぱって周りに迷惑かけといて、危なくなったら誰かに頼るとか……虫が良すぎるんじゃないの?」



 普通とは結構ズレている霧島らしからぬ、ぐうの音も出ないようなド正論だった。

 こんなにきっぱり拒否られたんじゃ、さしものDQN系女子たちも打つ手なしだな。



 「那木君、待たせたわね……早く帰りましょ」

 「ああ……うん」



 案の定、DQN系女子三人組は地面に突っ伏し、絶望に打ちひしがれていた。

 最初は関わるのも御免被りたいほど迷惑な人たちだと思っていたけど、三人で寄添いながらすすり泣きまで始めちゃうもんだから、何だか気の毒に思えてきたよ。



 「だって、あたしら……親にも教師にもクズだって言われて……もうこんな生き方しかできねーんだよ!」



 既に彼女たちから背を向けて歩き出していた霧島は、高水さんのその叫びを聞いて立ち止まった。

 ああ、確かに霧島の言う通りかもしれない。でもさ、お前だって真っ当に生きようと思えば、もっと普通の女子高生として楽しく過ごせたんじゃないのか?

 僕は霧島のさっきの発言と、実際の彼女の振舞いに大きな矛盾を感じていた。

 そんな僕の心情をよそに、霧島は振返り言ったんだ。



 「自由は与えられるものではなく、戦って勝ち取るものなの……でも……」



 さっきまでとは打って変わって、霧島は少し照れくさそうだった。DQN系女子三人組も、不思議そうに彼女を見上げる。



 「無理なのであれば、仕方ないから……私の名前……好きに使いなさい」

 「おい、いいのか霧島?」

 「最近は、事実を誇張した根も葉もない私の噂まで広まっているの。それが一つ増えるだけよ……」



 それを聞いたDQN系女子三人組は、霧島の姿を女神のように見上げ、涙を流して歓喜した。

 まだまだ色々と分からないことだらけで、僕としては少し不安の残る解決方法だったけど、とりあえずこれだけは言える。

 無口で無愛想で、口もあまり良くないが、霧島 摩利香は優しかった。

 それが分かっただけでも、今日こんなDQN系女子に絡まれた甲斐もあったってもんだ。



 霧島の素顔を、学校の中で僕だけが知っている。

 僕はそんな優越感に浸りながら、学園最凶と呼ばれた少女と、DQN系女子たちの間に生まれた微笑ましい光景に舌鼓していた。



 「ありがとうございます! これからは姉さんと呼ばせて下さい!!」

 「うちもお願いするッス! 摩利香姉さん!」

 「摩利香姉さん! 一生ついて行くッス!!」

 「絶対にやめて!!」

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