track.7 お説教

 毘奈の帰った後、僕はお約束通り母親から一階のリビングへと呼び出されていた。

 母は重々しい感じでソファに腰かけていて、僕にも座るよう促す。



 「とりあえずそこに座りなさい……」

 「う……うん」



 さっき毘奈との決定的瞬間を(ついでにエチィ本も)目撃され、勘違いされてるのは間違いない。

 妹の伊吹がダイニングでこちらの様子を伺っていたので、母は出ていくように言う。



 「伊吹、あんたは自分の部屋に戻ってなさい!」

 「ええー? なんで?」

 「いいから戻ってなさい、吾妻と大事な話があるの!」



 そう言われると、伊吹はブーたれながら部屋を出て行く。

 きっと本心では、僕と毘奈の話を聞きたいに違いないんだ。だって伊吹は、自他ともに認める毘奈信者で、髪型から服装、部活に至るまでみんな毘奈を猿まねしてるんだから。



 そして、僕と母親の二人きりになったところで話の本題に入る。



 「まあね……あんたももう高校生だし、そういうことしたい気持ちもわかるけど……いつからなの?」

 「え……? いつからって、何が?」



 案の定、会話は最初から噛み合っていなかった。

 母親は、今更何を惚けているんだと言わんばかりにまくし立ててくる。



 「だってあれでしょ? あんたたち付き合ってるんでしょ?」

 「……は? 付き合うって、誰が誰と?」

 「そんなのあんたと毘奈ちゃんに決まってるでしょ!」

 「ええー!?」



 やはり母親は何の疑いもなく綺麗に勘違いをしていた。

 いや、もう少し厳密に言うと、是非付き合っていて欲しいという母親の希望的バイアスがかかりまくりの妄想なのだ。



 「確かにね、毘奈ちゃんとお付き合いするなら何も文句はないけど、でもね、伊吹もいるんだから、ああいうことはときと場所を選んで……」

 「ちょいちょいちょい! 色々間違ってるから! そもそも俺と毘奈は付き合ってないし!」

 「馬鹿おっしゃい! じゃあ、あんたは付き合ってもいないのに、毘奈ちゃんとあんなことしてたって言うの!?」

 「いや……だから」



 まあ、普通にあの状況だけ見れば、二人で如何わしい本に触発されて……なんて思われても文句は言えないだろう。もう何から説明すればいいのかわからないよ。

 だが仕方ない。母親も妹も落ち込むかと思って言わなかったけど、僕がこのおめでたい母親に現実というやつを突き付けてやる。



 「さっきのは口論してたら、取っ組み合いになって引っくり返っただけだよ! それに、毘奈には今陸上部の先輩の彼氏がいるんだって!!」

 「……うそ?」



 母親は不意に呆けて、まるで夢破れた受験生みたいな顔をしていた。

 無理もない。母親は僕と毘奈を結婚させて、なんの心配もない幸せな老後を過ごすのが夢だったんだから。

 てっきりこれで素直に諦めてくれると思ったけど、そうは問屋が卸さなかった。母親はまるで僕を励ますように諭してくる。



 「吾妻、諦めちゃダメよ……希望を捨てちゃダメなのよ!」

 「は……はい?」

 「高校生の恋愛なんかね、どうせそんなに長続きしないの! 毘奈ちゃんがその先輩とギクシャクし出した時、それがあんたの寝取るチャンスなのよ!」

 「ちょ……母さん! 言い方!」



 おいおい、この人は一体人様の恋愛を何だと思ってるんだ。母さんにかかっちゃ、高校生の爽やかな青春さえ、ドロドロの昼ドラもいいところだった。



 「ってわけだから、もう行くよ、母さん……」

 「吾妻、ファイトだからね! 諦めたらそこで――」



 さすがにアホらしくなったので、僕は母親がわけのわからんことを喚いているリビングを出た。



 自分の部屋へ戻ろうと階段を登り始めると、階段の上に今度は妹の伊吹が待ち構えていた。やっぱりここで聞き耳をたてていたんだ。

 こいつはこいつで、もう重症なんじゃないかってくらいの毘奈信者だ。普段はロクに話しかけてもこないくせに、興味津々で絡んでくる。



 「ふーん、毘奈姉に彼氏ができてたんだ。そりゃ、毘奈姉モテるもんね……」

 「まあ、そういうことだ。お前もいい加減、母さんみたいに俺と毘奈を付き合せようなんて、お花畑な妄想はもうおしまいにしろよ」



 妹と母親が僕と毘奈を付き合わせようとする理由は、間違っても僕の幸せを願ってとか、そういう綺麗事なんかじゃない。

 母親についてはさっき言った通りで、妹は妹で「毘奈姉がいつか本当のお姉さんに……」みたいな、星の王子様もビックリの夢物語を妄想していたんだ。

 妹はさも平静を装っていたが、明らかに挙動不審で焦っている様子だ。



 「ふふん、べ……別に毘奈姉に彼氏ができちゃうことくらい、わ……私は想定済みなんだから!」

 「……は?」

 「い……いずれにしても、毘奈姉に見捨てられたら、お兄ちゃんは一生独身確定なんだからね! ここからが正念場だよ!」 



 ちょっと前までは、僕を虫けら扱いしていた妹もだいぶマイルドになってきていた。でもこいつは、やっぱり僕のことを何だと思ってるんだ?

 妹は心ここにあらずといった感じで、わけのわからんことをぶつくさ言いながら自分の部屋に帰って行った。



 「ほんのちょっと計画が遅れるだけ……作戦は滞りなく進んでいくんだよ……」

 「あ……え……伊吹?」



 まあそれはいい。問題なのは最近、こいつの言っていることが本気でわからないときがあるってことだ。

 どうしちゃったんだろ、あいつ? よく考えてみれば、妹は今年で中学二年生だった。まあ、そういうお年頃ってことにしとこう。

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