高校デビューに失敗した僕。甘くて危険なクーデレ狼に懐かれる

szk

第一章 はじまりの物語

track.1 運命の生徒手帳

 夏の足音も近づく雨上がりの午後だった。

 僕は学校からの帰り道、朗らかな日に照らされてキラキラと光る水溜りを避けながら歩いていた。



 「吾妻あずま、また一人で帰ってるの? ちゃんと友達作れた? 部活入りなよ!」



 後ろから鬱陶しい声が聞こえてきたので、僕は舌打ちをする。

 振返ると、程よく日に焼けた健康的な肌が印象的で、ポニーテールのやたら活発そうな女子高生がついてきていた。



 「なんだよ、お前だって部活サボってんじゃないか。なんでついてくんだよ?」

 「今日は部活休みなの! それに、家がすぐ近くなんだから、吾妻と帰り道が一緒で当然でしょ!」



 この鬱陶しくて迷惑なくらいお節介な女の子こそ、僕のフ〇ッキン幼馴染、天城 毘奈あまぎ ひなその人だった。

 大変腹の立つことに、こいつは勉強も運動もできて、身内から見てもかなり美人、おまけにコミュ力モンスターと、嫌味なくらいハイスペックな女子高生なんだ。

 僕が今なんでこの完璧すぎる幼馴染に絡まれているのかというと、話は長くなる……。



 僕の希望に満ち溢れた高校生活ってのは、のっけから本当にロクでもなく退屈なものになり下がってしまっていた。

 この幼馴染と親に言われるがまま、私立の進学校に入学したのはいいものの、僕はとにかくクラスの雰囲気に馴染めなかった。

 勉強できる奴ばかりの環境が、こんなに苦痛だってことを初めて思い知ったよ。中学校の頃の馬鹿なクラスメイトたちが懐かしい。

 とりあえず、僕は輝かしい高校生活の第一歩とやらを思いっきり踏み外し、カースト最下位、ぼっちの陰キャラとしてレッテル張りされていたんだ。



 まあ、百歩譲ってそれだけならまだ良かった。問題なのは、中学生の妹まで僕のことを陰キャラ呼ばわりして軽蔑し、母親まで僕の高校生活を心配してくるってことだ。

 一体何故かって? 答えは簡単さ。この鬱陶しい幼馴染はうちの家族のお気に入りで、僕のプライベートなんて根掘り葉掘り家族に報告されてしまうんだ。

 僕は常日頃、こいつは家族が放った秘密警察なんじゃないかと疑っていたよ。


 

 「せっかく頑張って高校入ったのに、もったいないんだよ!!」

 「相変わらず、うっさいな……」



 いつものように毘奈はしつこく絡んでくる。悪気はないのだが、こいつのお節介はもはや災厄と言っていいレベルだ。



 え、何? そんなハイスペックな幼馴染がいて羨ましいだって? 

 考えてみてくれ、こちとら物心つく前からこんなチート幼馴染と比べられて育ったんだ。僕の小中学校時代は、とにかく劣等感との戦いであったよ。

 まあ、そう思う君らの気持ちも分かる。第三者から見れば、幼馴染と関係が進展して……なんて、掃いて捨てるほどあるラブコメみたいなことを、僕らは想像しがちなのだ。

 だがね、世の中そんな漫画みたいにできちゃいない。この僕のハイスペックな幼馴染には、この春からそれに相応しいハイスペックなイケメン彼氏が既にいやがるんだ。



 「那木ママにも、吾妻の面倒見てって頼まれてるんだからね! しゃっきりしなよ!」

 「何なんだよ……もう」



 その後も毘奈は僕の後ろで、「なんだーかんだー!」と、耳の痛いことばかり言い続けていた。さすがに僕も困り果てて無視をすることにしたよ。

 僕が露骨に無視をしているのに腹を立てたのか、毘奈は不意に浅い水溜りの上をバシャバシャと走りながら、僕の前に回り込む。僕がたじろぐと、毘奈は僕の顔を下から覗き込むように見上げた。



 「もう、無視すんなよ。……吾妻、学校行ってて楽しい?」

 「……別に、楽しかねーし。お前には関係ないだろ」



 僕は堪らず目を逸らした。もういい、本当に構わないで欲しかった。こいつの言うことは、僕をよく知っているだけあって胸に刺さるんだよ。

 お互い売り言葉に買い言葉だったのかもしれない。だけど、毘奈のその言葉に僕はついついカチンときてしまったんだ。



 「吾妻……一体何しに高校行ってるの?」


 

 僕は拳を震わせながら目の前の毘奈を見下ろすと、わざと嘲笑うような表情を浮かべてぶちまけてやった。



 「そりゃ、お前は楽しいだろうよ!」

 「吾妻……?」

 「そんな短いスカート履いて、似合わない薄化粧で先輩を誘惑してんだからな! 全く関心するよ、最近の女子高生のビッチぶりにはさ!」



 言ってしまった……。もう完全に言い過ぎだった。でも、僕がそれに気付いた頃には、毘奈は顔を真っ赤にして掌を大きく振り上げていたんだ。



 「あーずーまぁぁぁぁっ!!!」



 ああ、人って肝心なことは何一つ言えないのに、何でこう余計なことばかり言ってしまうんだろうね。さすがにこれは自分が悪いと思って、僕は目を閉じて歯を食いしばった。

 ところがどうだ? 毘奈の怒りのビンタはいつまで経っても、僕が捧げた右頬を打ち払うことはなかった。

 いくらなんでも遅すぎると思い、僕は恐る恐る目を開いた。すると、さっきまで顔を真っ赤にして怒っていた毘奈が、血の気の引いた青ざめた顔をしているじゃないか。

 


 「ひ……毘奈?」

 「ううう、後ろ!」



 毘奈の尋常じゃない驚き方から、僕はてっきり熊でも現れたんじゃないかと思ったよ。

 だが、ここは住宅街のど真ん中だ。その可能性は極めて低いってもんだ。

 要は、振り返ってみないと何も分からない。僕は何のことやらと疑念を抱きながら、ゆっくりと後ろを振り返った。



 「え……女の子?」



 そこに立っていたのは、小柄な一人の少女だった。どうやら、水溜りとの絡みで僕らが道を塞いでしまい通れないらしい。

 このショートボブの少女、黒いパーカーを羽織っていてメッセンジャーバッグを背負ってはいるが、スカートの柄からしてうちの高校の生徒のようだ。

 いや、問題はそこではない。この透き通るような白い肌、水晶のように美しい謎めいた瞳、目つきこそ鋭利な刃物のようだが、それを差し引いてもどえらく可愛い子だった。



 「女の子……だとは思うけど、男の子にでも見えた?」

 「いや……その、ごめん、何でもない」

 「そう……だったら、そろそろどいてくれないかしら? 痴話喧嘩ならよそでやって……」



 その少女は表情一つ変えず、淡々と言い放った。今まで毘奈はそれなりに美人だとは思っていたけど、このミステリアスな少女はそれと同格……いや、身内贔屓をしたとしてもそれ以上だ。



 「ご、ごめんね、邪魔だったよね! 私たちすぐどくから!」



 僕がボーっとその美少女に見惚れていたものだから、毘奈が血相を変えて僕を道の端に引っ張った。すると、その少女は何もなかったかのように、すたすたと黄昏の先に消えて行ったんだ。



 「吾妻、何ボーっとしてんの! あれ、霧島 摩利香きりしま まりかだよ! 知らないの!?」

 「え? あの子そんなに有名なの?」

 「バカ! 学園中みんな言ってんだよ! 霧島 摩利香はマジでヤバいって!」

 「あの子が? とてもそんな風には見えないけどな……」

 「本っ当になにも知らないんだね。この前まであの子、暴力事件で停学になってたんだよ!」



 確かにあの刃物みたいに鋭い眼光はただならないけど、小柄で如何にも非力そうな少女が暴力事件を起こすなんて想像もできない。不良って感じでもないしな。

 それでも、毘奈の狼狽の仕方は半端ではなかった。彼女のお陰で僕への怒りなんて、どこかへ吹っ飛んで行ってしまったみたいだからね。ある意味、霧島 摩利香様様だった。



 「いい、もう絡むこともないかもだけど、霧島 摩利香なんかに絶対関わっちゃダメだからね!」

 「ああ……うん」



 そう言って、毘奈は僕の前を進み始めた。毘奈にはああ言われたものの、普通に考えて僕があの謎の美少女と接点を持つなんてことは、金輪際ないに違いない。

 暴力事件云々の噂は眉唾だったとしても、僕は彼女のクラスすら知らないのだから。まあ、面倒事もごめんなので、あえてこちらから関わろうなんて思わないしな。



 しかし、幸か不幸か高校入学以来、まるっきりつきから見放されていた僕に運命の悪戯が起こったんだ。


 

 僕はうっすら黄昏の滲む空の下、水溜りの淵に落ちていた一冊の生徒手帳を拾った。

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