「なあ、皆。とりあえず自己紹介、しねえか? 俺は高田五郎たかだごろう。見た通りオッサンだ」


 ヨハンに話しかけようとしたところで、中年男性がこの場の全員に向かって言葉を発する。言い出しっぺだからか、誰にともなく自己紹介をした。


 すると周囲の空気が少しだけ和んだように感じた。


川崎大河かわさきたいが、中三です。家で寝てたら、何かかここにいました。」


 すると例の少年が続く。


音無詩香おとなししいか、十七歳です。家で寝てました」

「ヨハン=クライン。二十三歳だよ。ソファでコミック読んでた」


 私達も後に続く。もちろん日本語で話すわ。


 この後十人が続いたけど、共通点はヨハンを除くと皆眠ってた事くらい。


「あー、もしかしたらうたた寝くらいは、してたかも?」


 なるほど。ヨハンも眠ってたかもしれないと。


 住んでる場所は東京、福井、愛知。ヨハンはもちろんイギリス。


 互いに見知った顔なのは、私とヨハンだけで、他は顔も知らない全くの他人同士だった。


 私と中三だと言ったあの子以外は、各年代が程良く分布。男女比は半々だった。


 話し合って、ここがどこなのかまずは確かめようと外に出るのを検討する。ひとまず男性数名が、この部屋から出てみようと決まりかけた。


 その時、突然の地響きが起こる。


――ギーンゴーンガーンゴーン……。


 ついで、錆び付いたように濁った鐘の音が響く。学校の鐘の音のような気が、しなくもない。建物内というよりも、直接耳元でけたたましく鳴る。


 全員が体をすくませて耳に手をやったから、同じように聞こえたみたい。


「何だっていうんだ……」

「もう、何よ……」


 一番年上のスーツ姿の男性と、気の強そうな二十代のゆる巻きヘアーの女性が呟く。


「ねぇ、何か聞こえませんか?」


 気弱そうな三十代の女性が顔を引きつらせる。


 ……ズルッ……ビチャ……ズルッ……ビチャ……。


 水っぽい、何かを引きずるような音が暗闇に響く。


 ……ズルッ……ビチャ……ズルッ……ビチャ……。


 皆息を殺して、耳をそばだてる。音が徐々にこの部屋へと近付いてきている?


 ……ビチャ。


 音がドアの前で止まる。ゴクリ、と喉を鳴らしたのは、私なのか他の誰かなのか……。


 ……ガタタ……カチャリ。


 ゆっくりと、本当にゆっくりとドアが中に向かって開いていく。


「……ヒッ……」

「……あ……あぁっ……」


 何人かは極短い悲鳴を上げる。また、何人かはくぐもった悲鳴を上げた。


 間違いなく言える事は、この場にいた全員が、一瞬で恐怖に支配されたって事。


 暗闇の中からのっそりと入ってきたソレは、最初は何か分からなかった。


 けれど部屋の中へ、そして中央に向かってソレがのそのそと進むにつれ、窓から差し込む月明かりにソレの全体が照らされていった。


 暗闇に目が慣れた私達全員が、月明かりだけでも十分にソレが異常な風貌をしているとわかってしまった。


 まず、大きい。人の三倍程ある。体表は、まるで腐乱死体。水ぶくれになった青紫色だ。鬼のような角と牙が、頭と口から生えている。


 ソレが動く度、ビチャビチャとドス黒い液体が体の下から尾を引き、見た目から想像がつく異臭を放っている。


「うぉ·にぃ……がぁぐれぇ……」


 中央に立ち、暫くビチャビチャとさせた後、ソレが口を開いた。くぐもっていて、水に沈みながら話しているかのような発音の悪さだ。


「かぁ・くれぇ……うぉぉにぃぃ……」


 しかしソレが何度か発音をしている内に、言葉のように聞こえ始めた。


「かくれーるー、おーにー」


 そうして何度目かで、恐らく全員が言葉として耳に届いた。


「かくれんぼって、こと?」


 震えながらも口を開いたのは、確か三十代の女性だったと思う。


 ……ニィ。


 同意するように鬼の口角がゆっくり上がる。


 次いで水膨れの右腕がゆっくり持ち上がり……。


――スパン!!


 突如手を振り下ろした!?


 けたたましい破壊音が室内に響き、長机が真っ二つになって転がる。


――バキッ!!


 今度は大きな足を振り上げ、椅子を踏み潰した。


「「キャア!」」

「「うわぁっ!」」


 突然の破壊行為と、馬鹿力具合を目の当たりにし、何人かはたまらず悲鳴を上げ、何人かはへたり込む。


「おれぇ、ぁ、おぉにぃ。かぁくれる、みつけるぅ····くうぅ」


 大きな口が更に大きく開き、数多の牙と生臭そうな息が漏れる。今にも襲いかかられるのかと思って全員が身構える。


 たけど突然、ソレはベチャリと水音を立てながら、その場に体育座りをした。鋭利な爪の生えた両手で顔を覆った。


「じゅーうー。いーいー。いーいーよー」


 勝手に自問自答して、ひとーつー、と数え始めた。

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