夏のサンタはまだ信じてる





『こっちはサイコーだよ』

 メッセージは一言だけだったけど、マリエの嫉妬心に火をつけるのには十分だったらしい。オーストラリアからエアメールで届いた絵はがきは、サンタの格好をした男が華麗にサーフィンをしている写真だった。

「絵はがきじゃなくて、ポストカード」

 マリエは中学にあがってから、あからさまに反抗期に入った。せっかくの夏休みだというのに、どこにも出かけず家でだらだら過ごしている。

「だって行けないでしょ、オーストラリア」

 わがままな言い方でもあるが、同時に自分を気遣った言葉だと気付き、猛烈に情けなくなる。行きたい行きたいとだだをこねる年齢ではなくなったのだ。

 同級生のミリアさんは、夏休みになるとすぐ海外に旅行に出かけてしまったという。しかも毎年恒例だというのだから、どうやったって真似できない。

「伊香保じゃだめか?」

「別に無理してほしいわけじゃないから」

 温泉地は中学生にはまだ早い。

 そんなオーストラリアの一件があって以来、ただでさえ少ない会話がさらに減った気がする。

 このままただ時間が過ぎるのに任せていたら、次にマリエの笑顔を見られるのは、結婚式まで待たなければならない。いや、今の時代結婚するとも限らないから、もう一生笑顔を見られないかもしれない。

 ぐるぐると頭を渦巻く不安を打ち消すために、必死に計画を立て、夏休みが終わる前にマリエを近所の川に呼び出した。

 河川を使用するのに許可がいらないか心配だったけど、ふだんからここでボートに乗ってゴミ清掃の仕事をしている叔父の「たぶん大丈夫」という言葉を信じることにした。

 ちなみに今回ボートを操縦してくれるのも、その叔父だ。頼れる男。

 叔父のモーターボートから後方にワイヤーが伸び、ハンドルを掴み、川の上に立つ。マリエに見せるために練習したウェイクボードだ!

 もちろん衣装はサンタだ。オーストラリアには連れて行けないけど、例のポストカードの風景を生で見せることくらいはできる。

 調子に乗ってジャンプしようとしたら失敗して、容赦なく川に叩きつけられた。

 異臭のする川から這い出して、マリエの元へ駆け寄ると「こっちくんな」と逃げられた。

「どうだ、サイコーだったろ」

 サンタ衣装の赤いフェルト生地は容赦なく水を吸って、死ぬかと思った。

「はあ? サイテーでしょ?」

 命を駆けたパフォーマンスにもかかわらず、マリエは拗ねたように言い放つ。でも、まあ、いいじゃないか。

「写真撮った?」

 だって、マリエがちょっとだけ笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る