ねこ招き






 うちの母は旅行に行くたびに猫を買ってくる。

 生きた猫じゃない。もちろん死んだ猫でもない。招き猫の置物だ。

「この旅行はね、この子が招いてくれたのよ」

 そう言って旅から帰ってくると、大事そうに棚に並べる。あまり裕福な家ではなかったので、旅行だって五年に一度の頻度でしか行けていない。ついこの前熱海で温泉とバナナワニ園を楽しんだので、次はきっとまた五年後だ。

 実家に帰るのは月に一度と決めている。電車に乗れば一時間ほどの距離だから帰ろうと思えば毎週でも帰れるのだけれど、二十歳を超えた娘があまり母親とべったりなのも格好悪い。

 いつものように月末に実家に帰ると、棚の上に先月はなかった招き猫が増えていた。木彫りの猫で、風合いからなんとなく南国の雰囲気を感じさせた。

 まさか私の知らない間に一人で旅行したわけではあるまい。

 お母さんにこれどうしたの、と尋ねる。

「かわいいでしょ」

 たしかにかわいい。だけど私が聞きたいのはそういうことではない。

「招いたの」

「は?」

「旅行にいけなくても、猫ちゃんが来てくれたら、その土地の雰囲気を味わえるでしょ」

 通販か何かで買ったという意味だろうか。

「まあ、お母さんが満足ならそれでいいけど」

 翌月、また見知らぬ猫が増えていた。ずいぶんとエキゾチックな色をしている。

「その子はスリランカから」

 スリランカに招き猫の文化があるのか? 詳しく話を聞こうにも、母はにこにこと笑うばかりで具体的な説明はしてくれない。

「その子は、タンザニア」

「その子は、ウクライナ」

「その子は、モーリタニア」

 毎月ひとつずつ、棚の上に猫が増えている。

「その子はブラジルから」

 とうとう地球の反対側だ。ブラジルのネコはなぜか緑のプラスチックだった。

 その翌月、棚の上にあったのは、ひと目見ただけでは猫だと判別できなかった。赤黒い塊で、目があるべきところが真っ黒に塗れていて、テラテラと光っている。

「え、何これ気持ち悪い」

「ああ、それは●●●から招いて、わざわざ来てくれたのよ」

「え?」

 どこの土地のものなのか、何度聞き返しても、聞き取れなかった。

「あなたもねえ、いつかは行くんだから」

 しみじみと呟く母の目は、猫のように真っ黒に濡れていた。

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