お誕生日をプレゼント
「お誕生日、おめでとうございます」
黒い制服を着た男性が、私の席にケーキを運んできた。先ほどまでも私のテーブルに様々な料理をサーブしてくれた店員さんだ。所作が美しく、思わず見惚れてしまう。
しかし、ケーキは頼んでいなかった。何かの間違いじゃないかと思い確認すると、予想外の答えが返ってきた。
「お誕生日のプレゼントでございます」
店員さんは恭しく頭を下げてその場を去った。やっぱりおかしい、私の誕生日は六月で、今はもう九月だ。数週間程度なら誤差の範囲かもしれないけれど、三ヶ月は限度を超えている。
しかも私はこの店に来るのは初めてだ。社会人になって五年目、そろそろちょっといいお店も経験しておこうと、奮発してやってきた。
予約のときに会員登録もしていないので、私の誕生日を知っているわけがない。
出されてしまったものはしかたない。若干の後ろめたさを感じながら、ケーキを手早く片付けて、会計しようと店員さんに合図を出すと、お代は不要だという。
「お誕生日ですから」
店員さんが満面の笑みで、私に頭を下げる。最初は誰かと勘違いされているのだと思った。だから「恥をかかせてもよくないし」と自分に言い訳をして、それ以上何も言わず店を出る。思いがけず得をしたと上機嫌で帰路につく。
異変に気付いたのは、その翌週だ。浮いたお金でもう一度あの味を楽しもうと、再び店を訪れた。
「お誕生日、おめでとうございます」
「えっ」
前回とまったく同じ展開だった。頼んでいないケーキがテーブルに置かれ、しかもお代は不要だという。
それからこの店に何度訪れても、同じ出来事が起きた。ケーキが運ばれて、誕生日を祝われ、お代はいらないと言われる。不思議には思ったけれど、ただで料理を楽しめる魅力には抗えず、毎週のように通ってしまう。
そんな生活が半年ほど続いたある日、隣のテーブルの会話が聞こえてきた。
「ねえ、知ってる?」
一人客が多い店なので、二人連れの彼女たちの声は妙に響いて耳に届いた。
「誕生日にここのお店にきて、店員さんに誕生日を譲りたいんですってお願いすると、年をとらずに済むんだって」
「嘘でしょ」
笑い合っている二人は、同い年くらいのはずなのに、不思議と若々しく見えた。
「ほら、あの人とか、五十歳くらいでしょ。若くいたくて、通ってるんじゃない?」
あの人とは私のことだろうか。今年二十八歳の私が五十歳くらい? いくら目が悪くても、間違えるはずがない。嫌な汗をかきながら、頬に手を当てる。確かに最近肌がたるんできた。でも、ちょっと疲れているだけだと思っていた。だけど、たしかに、私の手にも、頬にも、水分がない。二十代の肌ではない。
席を立とうとしたそのとき、いつもの店員さんが、私の席にケーキを置いた。
「お誕生日、おめでとうございます」
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