ウールを待ちながら




 ウールが縮むなんて知らなかった。

「今乾燥機に入れたジャケット、大丈夫?」

 深夜のコインランドリーで、急に話しかけられた。ちょうど洗濯物を、洗濯機から乾燥機に移してお金を入れ終わったタイミングだ。

 声の主は俺よりも先にいて、コインランドリーの隅に座っていた小柄なおじさん、急にすみませんと頭を下げながら、俺の服の入った乾燥機を指している。

「なんですか?」

「いえ、見たところ、さっき入れたの、たぶん、縮む素材かなって」

 小柄なだけでなく、気持ち小さいらしい。自分から話しかけてきた割に、俺が返事をすると妙におどおどと落ち着かない様子だ。

「安物だから縮んでもいいっていうのなら、別にいいけど」

「いや、一張羅です」

 明日のデートに着ていきたいのに、汚してしまったので、こんな時間に慌てて洗濯に来たのだ。

 それに、安物ならダメになってしまっていいという考え方は好きじゃなかった。それを認めてしまうと、ギリギリの給料で働かされている俺は、いつダメになってもいいということになってしまう。

「じゃあ俺は、どうすればよかったんですか」

「ああいうものは、クリーニング屋に持っていくんだよ」

 常識みたいな言い方をされた。もしかしたら、常識なのかもしれなかった。

「クリーニング屋……行ったことないです」

「まだ間に合うかもしれないけど」

 出さないの? とおじさんが

「いや、このままいってみます」

 大丈夫な可能性があるなら、それに賭けてみるのも悪くない。六百円がもったいないし、乾かずに明日着られなかったら意味がないのだ。

 おじさんと一緒に、乾燥が終わるのを待つ。おじさんの洗濯物は俺のものより先に乾いたけれど、結果が気になるのか、丁寧に畳んで袋にしまいながら俺のことを待っていた。

「よし」

 軽快な音がなり、乾燥機が止まった。宇宙船の窓みたいなドアを開けて、中からジャケットを取り出す。広げた瞬間に結果はわかった。どう見ても縮んでいる。Mサイズだったジャケットが、SSサイズに変貌を遂げていた。

「あー」

 気まずい空気が流れ、そそくさと自分の荷物をまとめて帰ろうとするおじさんを引き留める。

「ちょっと待って、これ、着てみてください、ほら」

 縮んだジャケットはおじさんにピッタリのサイズになっていた。

「……いります?」

 どうせもう着られないのだ。持って帰っても捨てるしかない。

 コインランドリーに来たときよりもオシャレになったおじさんは、意気揚々と帰って行った。

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