ドングリレス決済




「こういうのとかでもいいですかね?」

 カウンターの上に置かれたのはドングリだった。

「うーん」

 腕を組んで唸ってしまう。こういうのではよくない。まったくよくない。

 キーボードがほしいと来店したのは、リスだった。

「でも、最近はキャッシュレスの時代だって聞きますし」

 森にもニュースは流れるのだろうか。カウンターの上にちょこんと座って、生意気にも交渉を仕掛けてきた。

「今オレにやさしくしておけば、いざってときには森の仲間たち総出で力になりますよ」

「総出ねえ」

 妻も自分も忙しいときに、幼稚園まで娘を迎えに行ってもらえたりするなら助かるけれど、リスが何匹集まったところで保護者とは認めてもらえないだろう。ボノボやチンパンジーなら何かの役に立つこともあるかもしれないが、日本の森にいるとは思えない。

「まあいいや、持っていけよ」

「マジ?」

 喋るリスの見物料だ。また来てくれれば娘も喜ぶだろう。

「それで、キーボードなんて何に使うんだ」

 トウモロコシみたいに囓って遊ぶ姿を想像する。

「小説を書くんです」

「はあ」

 言葉を喋るだけで上等なのに、文章も書けるのか。たいしたリスだ。

「キーボードがさえあれば、世界をひっくり返せるんです」

 身体は小さいが野望はでかい。やはりたいしたリスだ。しかし、小説はキーボードだけでは書けない。パソコン本体やディスプレイがいる。そのことを伝えると、ただでさえ丸い目をさらに丸くして驚いていた。

「えっ、じゃあこれもつけてくださいよ」

「それは無理」

 金額が全然違う。安物のキーボードは千円もしないが、パソコン本体となると十万円はくだらない。

「パソコンって、ドンクリ何個分ですか?」

「……十万個でも足りないだろうな」

 うかつなことを言ってしまった。翌朝、頭を抱えて後悔した。店の前には山のようなドングリが積み上がっていたのだ。あの、たいしたリスがパソコン本体の代金として置いていったに違いない。

「キャッシュレスの時代だって言ってたろ」

 こんなことになるのなら、口座に振り込んでほしかった。記帳すると三百六十七万二百円の横に、ドングリ十万個が印字されるのだ。

 こうなったら、世界がひっくり返るような傑作を書いてもらわねば帳尻が合わない。

 すでに俺の世界は、ひっくり返ってしまったのだから。

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