サンタクロースは一度きり




「え、これ、だれ?」

 夫を連れて実家に帰省した夜、幼少期のアルバムをめくっていると、ありえない写真を発見した。写っているのは幼稚園児くらいの私ともう一人。サンタクロースの格好をした男性だ。

 夫は大あくびをしながら写真を手に取った。

「お父さんじゃないの?」

 夫は免許を持っていない。そのくせ私の運転を下手だの危ないだの言うので大喧嘩をして以来、夫を乗せて運転しないと決めていた。うちから実家までは車で行けば二時間半のところを、わざわざ電車で乗り継ぎ三回、駅から徒歩で移動してきた。二泊分の荷物を持って五十分ほど歩いたのが堪えたのか、自分からアルバムを見たいと言ったにもかかわらず、六冊あるうちの一冊目でもう眠気に襲われているらしい。

「違うよ! だって――」

 三年前に他界したうちの父はクリスマスが大嫌いだった。理由は忘れてしまったけれど、頑固で古い人間だったことは覚えている。

 小学生になって、友達からクリスマスはみんなチキンやケーキを食べたり、サンタさんからプレゼントをもらっていると知って、強烈に羨ましかった。

 何度もだだをこねて、パーティをしたい、プレゼントがほしいと訴えたが、父は頑なにクリスマスを受け入れなかった。

 そんな父がサンタの仮装をするなんて、あり得ない。

「じゃあ、親戚のおじさんとか」

 夫がぼんやりした口調でいう。その口調通り、指摘の内容も芯を食ったものではなかった。ヒゲで口元が覆われて顔はよくわからないが、確かに目元の感じはうちの血縁にいそうな雰囲気だ。しかし、うちの親戚といえば遠方に一組いるだけで、法事を除いて交流は一切ない。幼い私のために駆けつけてサンタクロースを演じてくれるような関係ではないのだ。

「違うと思う」

 結局結論は出ず、夫の方から返事ではなく寝息が聞こえてくるようになったので、私も諦めて電気を消して布団に入った。

 翌日の朝食の際、母に例の写真について尋ねてみる。

「やだ、それ、お父さんよ」

 まさかの言葉が返ってくる。

「何言っているの。あんたがお父さんのサンタを怖がって泣いたから、クリスマスが嫌いになったんじゃない」

「ええっ、なにそれ」

 それじゃあ、チキンやケーキにありつけなかったのも、プレゼントをもらえなかったのも、全部因果応報だというのか。いや、子供が怖がって泣いたくらいで何年もへそを曲げてしまう父がどうかしているのだ。

「本当、頑固で変な人」

 私がぽつりとこぼすのを聞いた夫は、やはり寝ぼけた顔をしながら呟いた。

「いやあ、よく似てると思うけどなあ」

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