死神弁護士

トマトジュー酢

ポケエモン

「——を死刑に処する」


 弁護団の末席、国選弁護人の篠田しのだひろむは薄い笑みを浮かべた。

 証言台の前、震えだした男が吠えた。


「おまえの言うとおりにしたのに、ふざけるな」


 何度も指を突きつけるのは、犯行当時、十八歳と一ヶ月の少年も今は腹が出た中年だ。

 母と幼子を殺して死姦の凶行も、限りなく未成年に近い獣の下に人権派弁護士が集結した。

 歳が近く被告と話ができるのを買われ、弁護団に潜り込み十年、ようやく。


 あっという間に男は刑務官に制圧され、閉廷。



 会見を終えて、篠田しのだひろむは帰路につく。

 いつの間にか雪降る夜、いつもの定食屋の扉に手をかけた。


「やっと死刑が確定したか」


 報道番組のアナウンサーの声に混じる酔客の声。


「しかし、この弁護士ども、頭がおかしいだろ。ポケエモンが助けてくれると思ったァ? んな言い訳が通用するわけねーだろ、バーカ」

「ほんと、この弁護士もムカつくよなー、コイツらも牢屋にぶち込め」


 笑い声で震える扉から手を引いた。


 ——店主に迷惑をかけてしまう。


 コートのポケットに手を突っ込む。

 商店街を抜けた。ボロアパートの前にも報道陣。


篠田しのださん、死刑判決が確定しましたが——」


 まぶしい光、無視して階段を上る。ぞろぞろとついてくる足音。

 玄関に足をねじ込むレポーターの息が白く砕ける。


篠田しのださん、一言お願いします」

「会見が全てです、お引き取りください」


 なんとか扉を閉めて、六畳一間に灯りをつけた。

 ちゃぶ台は小さな祭壇、遺影を真ん中に配し缶ビールとお菓子を供える。

 こんな夜は、いつもので祝うに限る。

 赤いきつねと緑のたぬきも祭壇に供え、湯を注ぐ。

 幼い頃に両親は離婚、離れ離れになっても絆は切れない。


「姉ちゃん、仇を取ったよ」


 乾杯をしようとしたところで、鞄が唸る。


「義兄さん、やりました」

ひろむくん、ありがとう、ほんとうに、ありがとう』


 スピーカーモードにした私用の携帯電話を畳に置く。


「乾杯するんです、一緒にどうですか」

『ああ、そうだな』


 遺影に捧げた缶ビールと乾杯。

 また鞄が唸った。


「義兄さん、仕事の電話なので、また後で」


 仕事用の携帯電話に出ると、明るい声はかつて切磋琢磨した同僚、今は彼女とどんな関係なのだろう。

 スピーカーモードにした携帯電話を畳に置く。


『お姉さんの仇が取れてよかったな。世間が何を言おうと、わたしは君を誇りに思う。ふざけた弁護で極悪犯罪者を地獄に堕とす死神さん』


 赤いきつねを啜る。


『またカップ麺を食べてるのか、しょうがないな。喜べ、また飯を作りにいってやるぞ』

「わるい、ネズミが出た」


 喚きだした携帯電話の電源を切って、明かりを消した。


 階段を上ってくる足音。


 ——いつものいやがらせか。


 凶悪犯罪者の弁護は割に合わない。もっとも、今回は姉ちゃんの仇を取るため、他の仕事を減らし全力で取り組んだ。


 甘える声、なんだ隣の若いカップルか。


 そのまま暗い部屋、緑のたぬきを啜る。


 ボロアパートの壁は薄い、伝わるテレビの音量が急に大きくなった。


 急いで汁を飲み干し身構える。


 ボロアパートが軋み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る