第47話 少年の決意……七月剣の場合④

「そっか……百瀬さんともダメだったか……」




 昼休み、いつものように保健室を訪ね、先生と話をする。


 ここ最近は、こうして昼休みに保健室を訪れることが多くなったような気がする。


 それも、先生から言われた「告白を受けた三人としっかり向き合うこと」という指令をこなし、相談し、その度にアドバイスをもらっていたからなのだけれど。


 正直、先生に相談できたのは良かったと思っている。


 乙女心など全く分からない俺が、三人と上手に向き合えたのは、少なからず大人の女性のアドバイスがあったおかげだと、そう思う。




 真鈴とは、同じ部活に所属する仲間として、武人としてより分かり合えるようになった。


 最近では「先輩が引退するまでに、絶対に一本取ります」だなんて言って張り切っているくらいだ。


 生意気だから毎日完膚なきまでにボッコボコにしてやっているけれど、そんなやる気に満ちた姿が周囲にも伝染して、部内の雰囲気もかなり良くなった。


 何より、その真っ直ぐな姿に、俺自身も元気をもらっていた。


 “こいつが頑張っているんだから、自分も頑張らないと”


 そう思わせるような力を、アイツは持っていると思う。


 それは、以前の真鈴では考えられなかった姿だった。


 


 会長……有希さんとも、以前よりも本音で話せる機会が増えたと思う。


 ずっと、尊敬していた一つ年上の先輩。


 でも、どこか人に頼ることが苦手な彼女が、最近は自分に頼ってくれるようになった。


 それは、何だか認められたような、後輩ではなく一人の人間として接してくれているような気がして本当に嬉しかった。


 生徒会という繋がりを失えば、話をする機会すらなくなるなと思っていた分余計に喜びの感情は増えた。


 今、生徒会は新制生徒会になるべくバタバタとしている。


 前任会長に頼らなければならない機会も増えるだろう。


 今なら、甘えてもらった分は、素直にこっちも甘え返そうと、そう思える。


 そんな関係性になれたのは、お互いに腹を割って話すことができたからで。


 それができたから、純粋に有希さんの意思を継いでいこうと思えるようになったのだろう。




 百瀬ともよく話すようになった。


 たまには喧嘩をする事もあるけれど、それでも、以前よりはだいぶお互いの事を知り、分かり合えるようになったと思う。

 

 多分、俺達二人は似た者同士なのだろう。


 似てるから、嫌な部分が重なり喧嘩になる。


 でも、今の遠慮なく物を言い合える関係性は、正直嫌いではなかった。


 居心地がいいとさえ思ってしまっていた。


 そう思えるようになったのは、痛みを知り、業を背負い、お互いの弱さを知ることができたからだと思う。


 しっかりと向き合えたから、お互いを受け入れられるようになったのだろう。




 三人の事を良く知ることで、自分までもが成長できたような、そんな気がした。


 先生に言われなかったら、向き合う事すらしなかっただろうに。


 やはり、先生はいつでも正しいんだなと、そう思えた。

 

 俺の全ては、先生によって形成されていると言っても過言ではないのかもしれない。


 だから、俺は……




「皆すごく良い子だと思うんんだけね……でも、七月君がどうしても受け入れられないっていうなら……」


「先生!」




 先生の言葉を遮り、声を張った。


 普段、こんなにも感情的になる事はないので、自分でも驚いていた。


 けれど、それくらいに覚悟を決めていた。


 背中を押してくれた三人のためにも、俺は言わなければならない。


 それがどれだけ難しい事であっても、逃げるわけにはいかなかった。


 素直に、あるがままの自分に向き合わなければいけないと、そう思った。


 だから、俺は……




「俺……あの……やっぱり先生の事が……」


























 第四十七話 少年の決意……七月剣の場合⑤


「ごめんなさい」




 先生から返ってきた言葉は、俺の予想通りの言葉だった。


 当たり前だろう。


 最初から、生徒と教師の立場を崩すつもりはないと言っていたはずだ。


 それを、他の奴らの真っ直ぐな気持ちに当てられて、舞い上がって。


 真っすぐぶつかれば、分かってもらえるなんて甘い考えを思い浮かべて、また先生に迷惑を掛けてしまっている。


 俺は、何て不甲斐ないのだろうか。


 自責の念が、全身を覆う。


 あぁ、どうして三人のように上手くできなかったのだろうか。


 純粋な想いを知ってしまった分、自分勝手な自分が酷く醜く思えた。


 一度目の告白失敗よりも、より大きなダメージが心を襲う。




「やっぱり……どれだけ言われても、私と七月君は教師と生徒だし……それに……」




 伏し目がちに、先生が言う。


 申し訳なさの中にある、どこか余裕のあるその雰囲気。


 その正体を、先生は口にした。




「それに、前にも言ったと思うけど、七月君のその感情は一時的なものだと思うよ。多分、若さゆえの過ちというか……私が好きなんじゃなくて、たまたま近くにいた大人に憧れているだけだと……」




 その言葉に、俺は絶句する。


 脳を直接金槌で打たれたみたいな、そんな気分だった。


 以前もそんな話をして、否定したのに……


 正直、滅茶苦茶苛立っていた。


 そんなはずはない。


 この気持ちに、偽りはない。


 でも、先生は分かってくれない。


 いや、分かろうともしてくれないのだ。


 何故なら、最初っから向き合うつもりなんてなかったのだから。


 一人の人間としてではなく、一人の生徒としてしか見ていないから。


 “七月剣と桜庭春子”ではなく、“生徒と教師”という関係性でしか考えてくれないから。


 きっと、それは正しい事で、大人としては当たり前の対応なのだろうけど……でも、それでも……




「俺にはちゃんと人の気持ちに向き合えって言う癖に……先生は俺に向き合ってはくれないんですね……」


「え?」




 咄嗟に出たその言葉に……自分でも驚いた。


 何を言っているんだと。


 八つ当たりみたいなみっともない真似はやめろと。


 必死に、自分に言い聞かせた。




「す、すいません! い、今のは忘れてください!」


「あっ、七月君……」




 けれど、自分の中にある醜い感情を抑えられなくなって、堪らず保健室を飛び出した。


 こんな恩を仇で返すような真似をして、俺は一体なんなのだろう。


 こんな自分が、先生につり合うはずもないし、向き合ってもらえる資格もない。


 一年前から何も成長していない自分が、情けなくて仕方がなかった。




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