第29話 少女の恋……百瀬香奈の場合①

 私、百瀬香奈ももせかなには、最近妙に気になる男ができた。


 そいつの名前は七月剣。


 クラスメイトであり、天敵でもある、私の隣の席に座る男子生徒だ。




「……おはよう」


「……あぁ、はよ」




 眠そうな目を擦りながら、七月が私に挨拶を返した。


 部活の練習で疲れているのか、朝は決まってボーっとしている事が多い。


 けれど、何だろう。


 今日は何時にも増して、ぽわぽわしているような、そんな気がした。


 何があったのか問いただしたくなるが、無理だと分かっているので黙る。


 だって、そんな事をしてしまえば、まるで私が七月の事を気にかけているみたいだから。


 コイツにそんな風に思われるのは、死んでもごめんだった。


 私のプライドが、コイツが調子に乗るのを許さなかった。


 でも、気になるものは気になるわけで。


 本心では、何か嫌な事でもあったのかと、私にできる事はないのかと、そう尋ねてみたかった。


 まるで、恋する乙女のように……あぁもう! うっとうしい!


 どうしてこの私が、こんなヤツの事でモヤモヤしなきゃいけないのよ!


 男の癖にだらしのないコイツも、そんなヤツを気にかけている私にも、段々と腹が立ってくる。


 大体、私が勇気を出して言った「おはよう」に対して、「はよ」って何!?


 投げやりすぎ!


 もっとこう……ちゃんと目を見て話してよ!


 少し不愛想だったかもしれないけど……私だって頑張ったのに……


 いや、ダメだ、これしきの事で心を折られてしまってはいけない。


 もう一度、優しく、丁寧に挨拶をしよう。


 その流れで話して、あわよくば何があったか聞き出そう。


 そうだ、そうしよう。


 優しく、包み込むように、女の子らしく。


 大丈夫、私ならできる……




「あんた、朝の挨拶も碌にできないわけ?」


「……は? 言っただろ、はよって」




 ……やってしまった。


 本心とは裏腹に、攻撃的な言葉が口から漏れ出てしまう。


 私は、昔からそうだった。


 こう、素直になれないというか、不器用というか。


 興味のある相手であればあるほど、思った事が言えずに、強い態度を取ってしまう。


 しまったと、そう思って口を噤むも、もう遅い。


 私の失礼な物言いに、七月はいつもの不機嫌そうな表情をもっと曇らせた。


 しかめた眉の形が、ナスカの地上絵のごとく複雑に歪んでいる。


 不機嫌×不愛想。


 不愛想×不機嫌。


 こうなってしまったら、もう止まらない。


 どちらも引くという事を知らない人間がぶつかってしまうと、そこには争いしか生まれないのだ。




「ちゃんとした日本語使って!」


「何怒ってんだよ……プロレスラーかお前は」


「お前って呼ばないで! あと、キレてない!」


「気にするとこそこ!? あと、なんで長州力知ってるんだよ……お前ホントに帰国子女か?」


「また言った!」





 口論は止まらず、そのまま担任の教師が来るまで言い争いは続いた。


 お互いに不機嫌なままホームルームを迎え、私は内心落ち込んでしまう。


 あぁ……またやってしまった……


 本当は、こんな風に喧嘩腰にはなりたくないのに。


 私はただ、アイツと話をしたいだけなのに。


 どうして、素直になれないのだろう。


 どうして、こんなにも上手くいかないのだろう。


 プイッと七月がいる方向から目を逸らし、外の景色を見る。

 

 モヤモヤとした私の心の中とは裏腹に、雲一つない秋晴れの空が、清々しいくらいに遠くまで広がっていた。

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