第20話 少女の恋……式守有希の場合③

 私が七月君に告白をしてから数日が経ったある日の放課後。


 生徒会室に集まった役員達が、あーでもない、こーでもないと議論を繰り広げていた。


 それらを前にして、会長である私は静観を決め込んだ。


 静観というか、上の空というか。


 ただぼーっと、懐かしむように、遠い過去の記憶を思い出していた。


 ふと、隣を見る。


 そこには、私が数秒前まで回想し、今もなお想いを寄せる彼の姿があった。


 あの日の昼休み。


 衝動に駆られて突発的な告白をしてしまったあの時から、七月君とは何となく気まずくなってしまった。


 お互いに言葉を交わさず、視線も合わせない。


 そんな日々が、ここ数日続いていた。


 正直、私の方から避けてしまっていた。


 だって、あんな困った顔をされてしまったら、何て声を掛けていいのか分からなくなる。


 しかも、何の返答も聞けないまま昼休みが終わってしまい、告白そのもの自体が曖昧な感じになってしまった。


 こうなってしまったら、いつも通りの、自然な振る舞いなんてできなくなって当然だろう。


 こんな事になるのなら、いっその事告白なんてしなければ良かったと、そう思う。


 けれど、もう遅い。


 過去は決して変えられないし、自分の口から出た言葉は取り消せない。


 だから、後悔したところで後の祭りなのだ。




「それで、生徒会企画なんですけど、何か他にいい案ある方いらっしゃいますか?」




 司会を務める二年生の女の子が、生徒会室全体に向けて質問する。


 曇った表情から、進展のない議論に対する呆れと焦燥が見て取れる。


 誰も、何も言おうとはしなかった。


 見かねた私は、そっと手を上げて言う。




「男女逆転のミスコンなんてどうかな?」




 静まり返った室内に、私の声だけが響く。


「企画が毎年似通っていて、マンネリ化しているような気がする」と、七月君がそう言っていたのを覚えていた。


 だから、私なりに目新しい企画を考えてきた。


 この企画が、この生徒会の、そして私の生徒会長としての最後の大仕事になる。


 だからこそ、最後くらい何か会長らしい事を、後輩達のお手本になるような姿を見せてあげたかった。


 記憶に残るような、そんな姿を。


 企画としては、結構自信があった。


 冒険しすぎず、かと言って遊び心がないわけでもない。


 無難に済ませたい理性と、盛り上がりたい本能の間を取った、丁度いい塩梅の企画だと、そう自負していた。


 ネットで調べただけだけど。




 私が言うと、皆は盛り上がった。


「おーいいかも」、「他の学校ではよく聞くけど、ウチでははじめてかも」、「男子の女装見てみたいかもー」などなど、反応は上々だ。




「でも、生徒会が主催な以上、ウチからも人参加させなきゃダメなんですよね? 部活連とか各クラスからは多分集まるでしょうけど……」




 しかし、ある一人の役員の一言で、その場は静まり返る。


『誰が男装なんて勇気のある行為をするのか、誰が女装なんていう恥ずかしい行為をするのか』


 そんなシンプルな疑問を前に、皆のテンションがどんどん下がっていく。


 それもそうだろう。


 生徒会に所属している生徒達は、比較的に真面目で控えめな子が多い。


 楽しい事は大好きだけれど、自分が見世物になってまでそれを享受したくはないのだろう。


 気持ちは分からなくもなかった。


 女子達の様子を見る。


 皆、企画自体に興味はあるけれど、自分が表だって目立ちたくはないと、そんな顔をしていた。


 しばらく待ってみても、誰かが立候補するといった様子は見られない。


 皆、企画自体が嫌なわけではないらしい。


 どちらかというと、自分に嫌な役目が降りかかってこないか、それを気にしているようだった。


 だったら……




「じゃあ、男装は私がするよ」




 私がそう言うと、皆が顔を上げた。


 びっくりしたような、そんな表情。


 けれど、沈黙は崩れなかった。


 それもそうだろう。


 問題は、これからだった。


 たとえ男装する女子が決まっても、それにはお相手が必要なわけで。


 それも、男装なんかよりもよっぽど敷居の高い、男子のプライドをズタボロにしかねない女装役が、まだ決まっていなかった。




「うーん……やっぱりきついかなぁ……」




 私の問いかけに、その場にいた男子生徒の誰もが微妙な表情を見せた。


 仕方ないというか、予想通りの反応だった。


 女子がする男装と、男子がする女装では、意味合いもハードルの高さも全然違う。


 だから、文句なんて言えなかった。


 正直、時間もないし、ここで企画を決めてしまいたかったけれど、嫌がる事を強要させるわけにもいかない。


 この企画は流して、皆で新しい企画を考えようと、そう自分に言い聞かせた。


 でも、他にいい案思いつくかなぁ……


 何か、ちょっと心配になって……




「俺、やります」




 私が不安を感じ始めていると、不意に、隣に座っていた男子が、深い溜息と共に手を上げた。


 私の隣に座っているのは、彼だ。


 “生徒会副会長、七月剣”君。


 七月君の宣言に、教室中がどよめく。


 かくいう私も、驚き過ぎて、開いた口が塞がらないでいた。


 七月君が…………女装!?


 頭の中が混乱していく。


 そうして一瞬の沈黙が生徒会室を支配した後に、各々が口を開いた。

 



「マジですか!? 七月先輩が女装とか……ウケるっす!」


「えー! 絶対盛り上がる!」


「いいですね! やりましょう!」





 そんな歓声にも似た声が、生徒会室全体を包み込んでいく。


 先程までとは打って変わって、皆の顔には活気が満ち溢れていた。


 皆ミーハーなんだから……と、そう呆れながらも、内心では少しほっとしていた。


 士気は上々。


 これなら、何とか文化祭までに準備を終えられそうだ。


 本当に良かったと、胸を撫で下ろし……


 ……本当に、これで良かったのだろうか。

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