第19話 少女の恋……式守有希の場合②
あれはたしか、私がまだ生徒会長になりたての頃だったと思う。
私の代の生徒会選挙は、異例中の異例だった。
何が異例なのかと言うと、なんと、生徒会長に立候補する生徒が一人もいなかったのだ。
我が校の長い歴史の中で、そんな珍事は一度も起こった事がないらしく、前代未聞のその出来事に、学校全体が大騒ぎになったのを今でも覚えている。
そうして、生徒会長不在は流石にまずいと焦った教師陣が、生徒会役員を志望している生徒の中から無理やり会長を作りだすという苦肉の策を強行した結果。
スケープゴートとして選ばれたのが、この私だった。
成績がそれなりに良く、特に目立った問題もない。
そんな扱いやすい優等生だった私は、先生、先輩達からの懇願、そして同級生達からの後押しによって、ほぼなし崩しのような形で生徒会長になってしまった。
一年生の頃から生徒会役員だった生徒ではなく、内申点目当てで中途入会しようとした私が選ばれたのは今でも謎なのだけれど(今思うと、邪な気持ちで生徒会に入ろうとしたバチが当たったのかもしれない)。
多分、アイツなら波風立てずに、それなり、無難にやってくれるのだろうと、皆がそう思ったからなのだろう。
自分が損をするのでなければ、何だって、誰だっていい。
そんな人任せ、他人事の結晶が、私、『生徒会長・式守有希』を生み出したのだ。
『初代・生贄会長』
一部の生徒の間では、私はそう呼ばれていたらしい。
なんとも不名誉で情けない肩書だと、そう思う。
初めは、本当にこれでいいのだろうかと悩んだりもした。
けれど、そんな不安は、元来持ち併せていた無駄な責任感によってすぐに上書きされた。
“私がどうにかしなくては”と。
“伝統ある生徒会の歴史を途切れさせてはいけない”と。
そんな使命感に捕らわれて、自分の課された責務を全うするために、前を向いていた。
正直、期待されるのも、頼られるのも嫌いではなかった。
むしろ、誰かの役に立つ自分は好きだったし、私はみんなの期待に応えうる人間だと、結果を残せる人間だと、そう信じてやまなかった。
何とかなると、そんな楽観的な気持ちで、生徒会は新たな船出を切った。
けれど、現実はそんなに甘くはなかった。
会長就任早々、事件は起きた。
発足から日の浅い生徒会に舞い込んだ、一件の依頼。
確か、生徒会主催で地域の交流イベントを運営するみたいな、そんな仕事だったと思う。
そんな規模も責任も大きい仕事が、ノウハウも経験もない私が船頭を務める生徒会に舞い込んできたのだ。
それからどうなったのかは、想像に容易いだろう。
慣れない仕事に、まとまらない組織。
過度な期待に、失敗してはいけないというプレッシャー。
色々なものが積み重なって、覆いかぶさりのしかかってくる。
まだまだ幼い私が壊れてしまうのに、そう時間はかからなかった。
毎日、家に帰って一人で泣いた。
でも、それでも、私は周りに助けを求めようとはしなかった。
責任感もあった。
プライドもあった。
とにかく、私が何とかしなくちゃと。
私がしっかりしなくちゃっと。
そう、過度に自分を追い込んで、『大丈夫だよ』という言葉に自分の弱さを隠して、ただひたすらに、先の見えない何かを遂行しようとしていた。
私の『大丈夫』という言葉を、周囲の誰もが信じていたと思う。
いや、気づいていないフリをしていただけなのかも。
だって、誰も私を、私の本音を知らない、いや、知ろうとはしなかったから。
都合のいい存在とは、文字通り都合がいいから、一緒にいて楽だから重宝されるわけで。
都合の悪い部分には、誰も目を向けたくないし、誰も関わりたくはないのだ。
どれだけ尽くしても、どれだけ頑張っても、その想いが返ってくる事は決してない。
それがどれだけバカげた事なのか、自分でも分かっているつもりだった。
でも、やめられなかった。
なぜなら、そういう性だから。
誰かに頼って嫌われるのが、失望されるのが怖いから。
だから、自分ひとりで抱え込んで、自分ひとりで完結しようとする。
どれだけ勉強ができても、どれだけ人当たりが良くても、どれだけ優秀だと言われても。
私は、とってもバカで、とっても弱かった。
そんな日々が二週間程続き、精神的にも体力的にも限界を迎え、体調を崩し学校にも行きたくなくなってきていた頃。
ある、一人の生徒が私に声を掛けてきた。
「一人で抱え込まないでください」
一年生にして副会長に就任したその子は、ただ一言だけそう言うと、私の隣に座り、一冊のノートを広げた。
そこからは、早かったと思う。
「現状で何が足りなくて、これから何をしなければいけないか洗い出しましょう」と言うその子と徹底的に議論し、方針と運営計画をまとめた。
誰かと意見を交換できると脳内が整理されるのか、自分でもびっくりするくらいに頭が冴え、私は落ち着きを取り戻した。
まとまりのなかった生徒会も、あまり協力的ではなかった先生も、その子が側に居てくれるようになってからは上手く動かせるようになって……
それで、決して褒められたものではなかったのかもしれないけれど、イベントは無事終了し、私は生徒会長としての初仕事を完遂する事ができた。
あの時の達成感は、今でも忘れていない。
それから生徒会は軌道に乗り、組織としてうまく機能するようになった。
もし、あの時、あの子に声を掛けられていなかったら、私は今の立場ではいられなかったかもしれない。
考えすぎかもしれないけれど、最悪の場合、不登校になったり、万が一にでも変な気を起こしていた可能性だってないとは言い切れなかった。
だから、私はあの子に頭が上がらない。
年下だけど、感謝というか、大きな恩を感じていた。
イベントが終わってすぐ、二人きりで話す機会があった。
チャンスと思った私は、あの子にさりげなく、「本当に助かった、ありがとね」と、そう感謝の言葉を伝えた。
すると、あの子は……
「マジで危なかったですね。間に合って本当に良かったです。正直、ずっとビビり倒してました」
そう言って、無邪気に笑った。
あんなに凄いと一目置いていた子でも、そんな風に思うんだなと、妙な親近感を抱いた。
けれど、それ以上に、そんな思いをしてまで私に手を差し伸べてくれたのが嬉しかった。
どうしてそこまでしてくれたのだろうと、そう不思議に思って、彼に聞いた。
すると、彼は私以上に怪訝な表情を浮かべ……
「どうしてって、そんなの、生徒会の仲間だからに決まってるじゃないですか。それに、会長が俺達のために一人で頑張ってる姿ずっと見てましたから……それに応えるのは当然だし、会長を支えるのが副会長の仕事ですから……まぁ、様子見し過ぎて少し協力するの遅くなっちゃいましたけど……えっと、それに関しては俺が悪いです。すいませんでした」
はにかみながらそう言って、私に頭を下げた。
普段の不愛想な強面とは真逆の、少年のような笑顔浮かべる彼。
そんな彼に……
私の心は、撃ち抜かれた。
私を撃った、その子の名前は……
“七月剣”君と、言った
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