第6話 春に焦がれて⑥

「ちょ、ちょっと待って!」




 大人げなく張り上げられた私の声が、夕日が滴る放課後の保健室に響く。


 取り乱す私とは裏腹に、目の前にいる不愛想な男の子はその切れ長な瞳をこちらに向け、釈然としたというか、溜まったものを吐き出したようなスッキリとした表情をしていた。




「じょ、冗談……だよね?」


「いや、本気です」




 再度、恐る恐る彼が今しがた放った言葉の真意を確認する。


 万が一にも何かの勘違いではなかったのかと、淡い期待を抱いて聞いてみた。


 けれど、私の切実な願いは一秒も持たずに粉砕されてしまう。


 続けて、彼が言う。




「俺、ずっと先生の事が好きでした。最初は感じのいい人だなくらいにしか思ってなかったけど、保健室で治療してもらったり、話したりしている内に、生徒想いで本当に優しい人なんだなって思って、それで、段々惹かれていって……」


「ま、待って」




 低い声で紡がれる、純粋な想い。


 それが自分に向けられているのが恥ずかしくなって、いや、立場的にマズイというある種の防衛本能が働いて、私は七月君の言葉を遮った。




「ごめん、どれだけ言われても無理なものは無理なの。だって、私達何歳年離れてると思って……いや、それ以前に教師と生徒がそんな関係になるだなんて……」


「恋に年の差とか立場とか関係ないと思います」


「あ、あるよ! というか、君そんなキャラだったっけ!?」




 彼の強引な物言いに、私は思わずツッコんでしまう。


 普段クールで不愛想な彼からそんなロマンチックな言葉が出てきたことに、単純に驚いてしまっていた。


 それは、私の知らない七月君の姿だった。




「とにかく、僕は先生の事諦めるつもりないですから」




 強く、それでいて真っ直ぐな言葉。


 少しだけ幼さを感じるようなその身勝手な宣言に、私は唖然としてしまう。





「また来ます」




 私が沈黙していると、彼はそれだけ言い残して保健室を後にした。


 扉を閉める音が、しんと張り詰めた保健室の中に木霊する。


 その中央部分には行き遅れの保健医が一人、ただ茫然と、寂しく取り残されていた。

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