第1話 春に焦がれて①

 焼かれるような暑さが少しずつ影を潜め、青葉がその身を地に落とし、少しだけ寂しい風貌になった街路樹が並ぶ道を歩く通学、いや、通勤途中の朝。


 私、桜庭春子さくらばはるこは今日も今日とて学園生活を満喫するべく、比較的に気持ちを昂らせながら職場までの道のりを歩んでいた。


 満喫、と言ってもそれは学生としてではなく、子供達を導く立場、教師としてだ。




「春ちゃんおはよ~」


「おはよう~……ってコラ、先生って呼びなさい」


「あはは~」




 養護教諭としてこの高校に配属されてから早一年半。


 徐々に仕事にも慣れ初め、自分の事で精一杯だった辛い時期も抜けて、ようやく周りに目を向けられるようになってきた。


 やっとこの仕事の楽しさを実感してきたというか、それに気付ける余裕が生まれてきていた。


 最近では、生徒のみんなに“春ちゃん”だとか、“春ちゃん先生”だなんてあだ名で呼ばれることも多くなった。


 本当は注意しなければいけない立場なのだけれど、心を許してもらえているというか、学校に馴染めてきたのかなというか、生徒達にとって取っつきやすい存在であると思われているのかと思うと、それはそれで悪い気はしなかった。


 生徒にとって馴染み深い教師であれば、悩んだ時や困った時に頼ってもらいやすい。

 



 “まるで本当のお姉さんみたいな先生”




 それが、私の求める理想の教師像だ。


 幼い頃からずっと、そんな先生になって、未来ある子供達の支えになってあげたいと夢見てきた。


 だから、教職という選択をした。


 一応、形だけはその夢を叶える事ができたけれど、まだまだ未熟者。


 少しでも早く一人前になって、多くの子供達に寄り添ってあげたい。


 だから、今日も一日頑張るぞと、軽く頬を叩いて校門を潜る。


 “理想の春ちゃん先生”への道のりは長く険しい。


 一歩一歩、焦らず確実に。


 それが大切だと、そう自分に言い聞かせて、職員用の更衣室を目指した。

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