第62話 愛する者を守るために

弦を引く。ホープの龍が俺に向かって口を開けてきた。中から光が現れる。


「ついさっきのことを忘れたのかアホが」


右上の龍に矢を放つ。口を大きく開けていたので当てやすい。


矢は龍の口の中にある光に、吸い込まれるように入っていった。そして、龍の後頭部から血液と共に外へと巣立って行った。


龍の光がひとつ消える。こんな簡単なことでレーザーを消せるとは……もっと早く気づいていればよかった。



他の龍の光が放たれる。レーザーがひとつ無いだけでもだいぶ楽だ。これで安心して動くことができる。


レーザーを避けながら弦に矢をつける。楽とは言っても三本でもきついものはきつい。当たったら大ダメージなのは確実な物が俺と同じぐらいのスピードで追いかけてくるのだ。



上から何か液体のようなものが降ってきた。桃がバケツを逆さまにしているのが目に映る。


「え、ちょっ」


落ちてきた液体の水滴を避けながら走る。


液体はホープの龍の頭にかかった。その瞬間、さっきみたいな肉が鉄板の上で焼かれている時のような音が出てきた。


「桃!?それ何!?」

「濃硫酸だよ!!かかったら熱いから気おつけてね!!」

「それ先に言ってよ!!」


桃に叫ぶ。もし当たってたらと思うと……考えるのもおぞましくなってきた。あの子実はサイコパスとかじゃないか?



だが、これでホープの龍は残り2匹。あとは弓で仕留められる。


弦を引いて龍に狙いを定める。龍のビームは俺の右横腹と左横腹から来ており、俺の上半身と下半身を分断しようとしてくる。


それよりも俺の弓の方が速い。指を緩めて矢を放つ。矢はホープの右側の龍の首元を通過した。


ビームが少し暴れたが、龍のビームがまたひとつ止まった。残りのビームは一つだけ。



ビームが止まった。龍が桃の方向に顔を向けた。


「えっ……」


口を大きく開けて光を出した。こいつ……桃を狙う気か。


「させるか馬鹿が……」


弦を引いて矢を放った。矢は龍の後頭部からねじ込み、光を放っていた口から飛び出ていった。



ホープが俺の方に目を向ける。邪魔な龍もいなくなった。ここからが本当の勝負だ。


「さぁ行くぞ……これが本当の決着だ」




「ヴァァァァァッッッ!!!」


ホープが襲いかかってきた。左手の刃を俺の頭に向けて叩きつけてくる。


右にステップして避ける。地面が豆腐みたいにスパッと切れた。これはさっきよりも切断力が上がっているな。


すかさず右手の刃での攻撃がきた。同じように上から叩きつけてくる攻撃だ。


今度は体を左にずらして避ける。ホープの刃は、ちょうど俺と平行に移動して地面にたどり着いた。


また攻撃が来る。今度はアッパーみたいに、左手の刃を上から突き上げてくるような攻撃だ。


今度は後ろにバックステップをして避ける。顎ギリギリのところを刃が通り過ぎて行った。



背中に壁が当たる。ここから後ろにはもう行けない。つまり追い詰められたと言うことだ。……やばいやばい。


そんな俺にはお構い無しにホープは連続で攻撃してきた。


ホープの右手の刃が俺を縦に切り裂こうと上からジェットコースターのように叩きつけられてきた。ジェットコースターが叩きつけられたらやばいけどな。


横にステップして縦の攻撃からは避ける。しかし、まだホープの攻撃は続いていた。


いつの間にか左手での攻撃もしていたのだ。刃は俺の上半身と下半身を分けようと俺に迫ってきている。



俺は壁を蹴って飛び上がった。壁キックというものだ。そして空中で前転をして刃から逃れた。


地面に着地する。……決まったな。今のは100点の避け方だろ。自分でもここまで動けるとは思ってなかったぞよ。



「ァァァァァァァァ!!!」


ホープがまだ攻撃しようとしてくる。なかなかにめんどくさいやつだな。今ので力の差が分からなかったのかよ。


右手の刃が俺に向かってくる。俺を斜めに削ぎ落とそうとしているのだ。俺はマグロじゃないってんだよ。


左に軽くステップをするようにして避ける。地面に大きなヒビが入った。やはり当たればまずいことになるな。まぁの話だがな。



ホープの次の攻撃が来た。俺の首を斬ろうとしている。この程度ならもう慣れた。


下に屈んで斬撃を避ける。こいつのスピードにはもう慣れた。もうあと3段階くらいは速くなっても問題は無さそうだ。



次はどんな斬撃が来るか。上か、左か、右か、はたまた下か……。今はどんな攻撃が来ても避けられる自信がある。今の俺ならオリンピックに出ても金メダルが取れそうだ。


ホープが左手の刃を振り上げた。今度は上からの攻撃。ならば右にズレれば避けられる。まったく、単調な攻撃が続くと飽きてきそうだな。


俺はバックステップをして右に避けた――。












「――ッッッ!?」


体が後ろに吹き飛んだ。なんだ!?なんで後ろに飛ばされたんだ!?


腕や足も痛い。何かで切り刻まれた気分だ。腹も痛い。何かで殴られた気分だ。



後ろの壁に衝突する。視界が少し歪んだ。頭も痛い。口から血も出た。


手足を見てみる。どちらともズタズタに切り裂かれていた。手の方には何やら小さい瓦礫が刺さっていた。


呼吸が難しい。こんなにも呼吸って難しい物だったのか。中で何かが破裂したような音がしてくる。


瓦礫を払い除けながらホープの方に目をやる。ホープは足を蹴り上げていた。地面は抉れており、周りは尖った瓦礫が多いのにホープの地面はまっさらな大地と化していた。


「……まだ……ギリギリ知能はあったようだな」


フラフラしながら立ち上がる。


やつは瓦礫ごと俺を蹴りあげたんだな。だから刃を振り上げたのはフェイントとして。無駄に頭を働かせやがって。



ホープが雄叫びを上げている。勝ったとでも思い込んでいるのか。だったら見当違いなんだがな。





「楓夜!!!」


桃が叫んだ。どうかしたのだろうか。


「これ使って!!」


何かを投げ捨ててきた。その何かは俺の近くで音を立てながら、地面に着地した。


「……これって……」


見たことがある。俺もゲームをするからこういうのは何回も見てる。


「ロケットランチャー!?」


ロケットランチャーだ。どう見てもロケットランチャーだ。後ろはラッパみたいに開いていて、前には茶色の弾が入っている。


……完全にロケットランチャーだ。実物は初めて見たぞ。


「……いやこれ投げんなよ!!爆発でもしたらどうすんの!?」

「死ぬ時は一緒って言ったでしよ?その時は私も一緒に死ぬよ」


いや……そういう問題では……。まぁ爆発しなかったからいいか。これならホープを完璧に殺すことができそうだ。体を完全に壊すことができれば俺の勝ちなんだ。


「さぁ……終わらせよう」


ロケットランチャーを肩で担ぐようにして持つ。狙いはもちろんホープ。標準をホープの中心に合わせる。


ホープは自身の危機を察したのか、俺に向かって走り出してきた。だが、今更遅い。



引き金に指を引く。片足は膝をつけて、もう片足は足の裏で必死に固定する。アニメとか映画とかで撃ち方は習ったから多分行けるはず。実際のは見たことないけど。


ホープが俺の前まで来た。腕を大きく振り上げている。その顔には焦りが見えている。


「じゃあな。地獄で先に待っててくれ」


俺は引き金を引いた。























「ん……んん」


瓦礫をのけて立ち上がった。手についている何かを払い除ける。なんかベチョベチョしてた。


辺りを見渡してみる。瓦礫が散乱しており、明かりがついてなかったら廃墟にも見える。


さっきのべちょべちょしたやつをよく見てみると肉だった。多分ホープのやつだろう。


「……桃?……桃!」


桃の名前を叫ぶ。桃の姿が見えない。まさか爆発に巻き込まれて――。


「ばぁ!」


桃に後ろから声をかけられた。


「うぉっ!?」

「大丈夫?怪我は?」

「ないけど……心臓止まったかと思ったぞ……」

「えへへ」


まぁ生きててよかったな。桃に目立った外傷もない。せいぜいちょっと服が汚れた程度か。


俺はボロボロではあるが、別に動けるから問題は無いだろう。階段に登るのは憂鬱だけどな。


「じゃあ上へ行こう。もう時間もない」

「うん。今度は私がおぶってあげようか?」

「……遠慮しときます」


桃におんぶされるのは……ちょっとされてみたいけど……いやいや。ここは俺にもプライドがあるからな。ちゃんと自分の足で歩こう。



「……ここから出たら……一緒に暮らそ?」

「え?」


階段に向かってる時、突然桃から言われた。俺はもう母が死んでしまって家族がいないから別にいいが……桃は?


「私は家族みんな死んじゃったからね。……はは……」


……同じか。なら、交わす言葉はいらないな。


桃の肩を引き寄せる。桃の顔が赤くなっていくのが見えた。


「……それってOKってこと?」

「正解」

「……んふふ」

「何笑ってんの」

「別に……まずは家を建てる前に、みんなのお墓作らないとね」

「そうだな。俺も作ってあげたい人がたくさんいる」

「色んな人に出会ったんだね。……浮気とかしてない?」

「馬鹿言え、俺は桃一筋だ」

「えへへ」


ようやく終わるんだ、これで。思えばそこまで長くなかったな。あまり数えてはこなかったが、18日くらいしか経ってないんだな。


それでも俺にとっては地獄そのものだったけどね。ただ、それも今日で終わる。ここで終わる。愛すべき彼女もいるんだ。皆生きてて欲しかったけど、それ以上は欲張りか。


桃と同じ歩幅で歩く。桃の体温を感じる。生きてる。生きててくれてる。これ以上ない幸せだ。この子のおかげであとの人生は安らかに暮らせそうだ。


俺は桃と一緒に階段に足を置いた――。























「まだだ……まだ終わらんぞ」

「――え?」

「――楓夜!?」


体が後ろに吹き飛ばされた。桃は階段の上まで飛ばされたようだ。


壁に背中が激突する。


「――ッッッ!」


太ももに強烈な激痛が走った。足元を見てみる。どうやら、飛び出ていた鉄に太ももが刺さったようだった。血が溢れだしている。


「ッッ!……嘘だろ……」


太ももを鉄から抜いて地面に倒れる。……嘘だと言って欲しいんだがな。




「ここで貴様を逃がすとでも思ったか!?お前の墓場はここだ!!お前は幸せには暮らせない!!お前は彼女と会うことは二度とない!!」


ホープの声が聞こえてきた。……どこからだ。どこから聞こえているんだ。



隣からビチビチ音が聞こえる。隣にはホープの破片が落ちてあった。赤黒い肉の塊だ。ヴィーガンの人なら泣いて発狂しそうな代物だ。


その肉の塊が段々と中心に寄っていっているのが見えた。既に真ん中には弾け飛んだホープの肉が集まってきていた。


「……まじで……しつこすぎるって……そろそろ家に返してくれよ……」


フラフラの体を整えて立ち上がる。まだやる気とは恐れ入った。もはや賞賛にも値する。


「貴様はここで終わりだ!お前の魂も!!お前の肉体も!!お前の精神も!!貴様の全てをここで終わらせてやる!!」

「ハァハァ……知るか……何度でも殺してやるよ!!」


俺は矢をつがえた。













続く

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