第13話 暗い、暗い世界

なにかにつまづいて転けてしまう。視界が鈍っている。暗闇にずっと居たせいで比較的明るいところに来ると視界が元に戻るのに時間がかかる。


肩が上下に大きく動く。心臓が大きく鳴っている。頭を落ち着けるために座り込んで体を休める。息を整えて落ち着かせる。


落ち着いてきたら思考が冴えてきた。傷の場所を確認する。まず右腕の前腕部分。暗闇の中で確実に確認できたのはここだけ。


体をまさぐってどこに当たったのかを探す。1つは腹に命中していた。また腹だ。なぜ皆は俺の腹をよく狙ってくるのだろうか。


そしてもう1つは頭。頭はかすっただけだが少し血が流れ出ていた。それ以外は傷を確認できなかった。


とりあえず確認している部位の止血をする。ガーゼを少ししか持ってきてないことを悔いた。


まず腹の処置をする。前腕はほんの少ししかガーゼを付けれなかったが血は止まったので安心する。


そういえばここはどこなのだろう。急いで走っていたので場所が分からない。辺りを見渡す。


……嫌な所に来てしまった。4階のコンピュータ関連の部屋が並ぶ廊下に来てしまった。


最悪だ。何も考えずに走ったせいでわざわざ上まで来てしまった。下に降りた時に出会う可能性がある。


それにここら辺はあまり来たことがないため道が分からない。どう逃げたらいいか。とりあえずここにいたらまた来るかもしれない。


立ち上がろうとした時に床に何かがあるのを見つけた。職員室よりは明るいとはいえそれでも暗いのでよく見えない。よく見ると液体のようだ。


嫌な予感がしてきた。触るのは危ないので匂いを少し嗅いでみる。強烈な酸味を帯びた臭いが鼻腔を突き刺してきた。


吐きそうになる。腹の中の物が出そうになった。目に涙が溜まる。近くの窓をこじ開けて外の空気を大きく吸う。


外はとてもいい匂いに感じた。嫌な予感がする。薄暗い廊下にバラバラの感覚で液体が落ちている。進むべきではないと本能でわかった。ここから先に行くと地獄を見ることになると本能が言っている。


しかし気になる。ほんの少しだけ。ほんのちょっとだけ見に行こう。頭は否定するが足は動いてしまう。


液体の道筋に沿いながら歩く。視界がだんだん明るくなってくる。月の明かりが周りに光を灯している。だんだんと液体の色が見えてくる。少し黄色がかっている。


液体の中には小さい固形物が見えた。さっきの匂いとこの色。そして固形物。これが何かというのは頭でわかった。それと同時にこれ以上進むのはやめた方がいいというのも頭でわかった。


体がこれ以上行くのを拒む。だが、何故か行かなくてはならないという使命感が心の中にある。


足を進める。足を進ませられば進ませるほど匂いが周りに漂ってきた。鼻が曲がるほどの臭い。嘔吐感を我慢しながら進む。


臭いが強くなるのと一緒に液体の数が増えていく。どんどんと嘔吐感が増していきついに吐いてしまう。


近くの窓を開けて外に吐き出す。吐き出したが気持ち悪さが取れない。窓の外に発電機が見えた。人が使った形跡がある。嫌な予感が更に増してきた。


足を進める。喉に不快感が溜まる。目から涙が溢れてくる。足を1歩進めることに嘔吐感が体を襲ってくる。


また外に吐き出す。気持ち悪さが悪い。しかしここまできて帰れるわけがない。体に力を入れて歩きだす。


1呼吸する度に吐きそうになる。服で鼻を覆うがそれでも臭いがしてきて服の中に吐きそうになる。


液体がだんだんと伸びていってある部屋の中に続いていた。その時には足を1歩動かす度に嘔吐してしまうほど匂いが強くなっていった。


それでも1歩ずつ進んでいく。1歩進んで吐く。1歩進んで吐く。それを繰り返しながら扉の前まで足を進める。


扉の前までに着く頃にはもう胃液しか出すことができなくなっていた。強烈な臭いでドアノブに手を置くのに躊躇してしまう。


息ができないほどの匂い。その原因はおそらくここにある。それを肯定するかのようにとても普通じゃ嗅ぐことができないほどの臭いがこの扉の先から漂ってくる。行きたくない。行きたくない。


それでも興味がある。しかし行くべきではないというのは確実にわかる。この場に立っているだけででも気を失いそうになる。


ここに長時間はいられない。開けるのならすぐに。意を決してドアノブに手をかける。そして扉を開けた。


とんでもない今まで嗅いだことの無い臭いが襲いかかってくる。さっきまでの覚悟が一気に消えた。あまりの臭さに立ち上がれなくなる。


外の窓に這いずって向かう。窓を開けて外の空気を吸う。しかし後ろからの臭いが混ざり吐いてしまう。


臭いから逃げられる場所が存在しない。もう逃げられない。ならばせめて中身を見る。外に発電機があったのを思い出した。


電気関連のことは知らないがもしかしたら電気が来ているかもしれない。全細胞に力を入れて歩きだす。臭いの根源に向かって足を進める。


ほんの2m。しかし足が進まない。口から血と胃液が混ざった液体が流れてくる。それでも前に進める。


中は暗闇で何も見えない。臭いはもっときつくなるが無理矢理足を進める。少し顔を入れる。さっきの臭いがいい匂いに思えるほど辺りに死ぬほど不快な臭いが漂う。


息を止めるがそれでも臭い。手をまさぐって電気のスイッチの場所を特定しようとする。少しだけ足を入れる。


足にグチャっとした感覚がまとわりつく。何かわからないがただただ不快だ。ようやくスイッチを見つけた。


既に体の穴という穴から液体が流れている。体は限界だ。スイッチを入れた。その瞬間視界が真っ白になり目が潰れた。


臭いがほんの少しだけ紛れたがそれは数瞬だった。俺は目の前の景色を見てここに来たことを後悔した。今までのどんな光景よりも地獄だった。
















中には裸で吊るされた女の子がいた。その体はズタズタになっており、見るに堪えない姿と化していた。


手足は鬱血して真っ黒になっている。顔もまともな人には見ることすら出来ないほど惨いことになっていた。



これだけならここまで臭くことはない。ここまではだ。


隣に3つほど肉が置いてあった。その肉は人の形に似ていた。似てはいた。しかし、それは人とは呼ぶことはできない。


その肉は真っ赤になっており、血溜まりのようなものが足にまとわりついてくる。もはや死体とも言えない。ただの腐臭を発している肉塊である。


「……ぁぁ……」


声が聞こえた。吊るされている女の子から聞こえた。顔には目しか付いていない。体には皮膚がない。下の床は真っ赤に染まっている。それでも生きている。



俺は無意識に引き金を引いていた。少女の頭が目の前で破裂する。せめてもの救いのつもりだろうか。自分が見たいだけだろうか。俺には分からない。


後ろに体を向ける。一刻も早くこの部屋から出たかった。腐臭に鼻が慣れてしまった自分が嫌だった。もう何もかもが嫌になった。














続く

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