第12話 息を殺せ

ガラスの扉を開けて暗い校舎の中に入る。肌寒い空気が体に染み込む。周りを見渡すが暗すぎて凝視しないと見えない。


銃を握りしめて歩きだす。目的は日向ちゃんの奪取と鍵の入手、それと食料の確保。やるべきことがわかったのなら進むのみ。


ここから近いのは職員室。すぐ横の階段を登ってまっすぐ進んで左に曲がれば着く。誘拐されてから時間が経つごとに生存確率が低くなるというのを聞いたことがある。3日も帰ってないということは死んでいる可能性が高い。残念ながらこちらとしての優先順位は低くなる。


しかしあの男の子に戻ってくると言ってしまったのだ。生きててくれと願いながら階段を登り始めた。



階段を登り終えるとまた違う感覚が肌を襲った。寒さによる震えから、何かがいる恐怖の震えに変わった。


ゾンビはまだこの校舎の中では見ていない。化け物がいるのだろうか。それだけは嫌だ。この暗闇で襲われたのなら命は絶対にない。


化け物が出ないことも願いに追加して歩みを進める。更に空気が冷たくなる。もうそろそろ夏が来ると思うのだが今の状態は冬のようだ。暗闇に少しずつ視界が慣れてくる。


廊下には何もいない。後ろを見てもいない。少し安心して足を進める。廊下の先に左側に進める道を見つけた。ここを曲がって少し進めば職員室だ。


足早に進む。職員室までの道の前まで来た。壁を背にして慎重に職員室の扉を見る。横のトイレが真っ暗で怖いがそれ以外は問題がない。化け物もいない。


また足を動かす。ここまで暗いと朝に行けばよかったと後悔する。自分はホラーの世界に来てしまったのかと思ってしまう。いやまぁ一応ゾンビ物のジャンルはホラーなんですけどね。



扉の前まで着いた。体育館の扉が空いていたということは職員室から鍵をとって行ったということだと思う。


ガラスを壊せば侵入はできるがガラスが壊れていた形跡はなかった。つまり鍵を開けて入ったということ。……あの女はここの職員だったのか?でも俺は見たことないな。……こういうのはあとで考えるか。


職員室の扉を開ける。真っ暗な世界が視界に入る。ここまで暗いとは思わなかった。ほぼ完全に暗闇。自分の手元が見えない。


こんな所で襲われるとやばい。一旦アーチェリー場の鍵は諦めて日向ちゃんを探すのを先にするか……でもここまで来たのだからさっさと取ろう。


鍵は壁沿いに進んでいけば鍵置き場がある。そこからすぐに取れば大丈夫だ。


壁に手を当ててゆっくりと進む。視界がないためか他の感覚が敏感になる。自分の足音と呼吸音がいつも以上に耳に入ってくる。


空気の冷たさがいつも以上に肌を撫でてくる。学校の独特な匂いがいつも以上に鼻に入ってくる。


コンクリートの壁を触りながら進んでいると色々なものが手にぶつかってくる。黒板にチョークや鉛筆、紙、ゴミ箱、ネームペン。


それらを無視しながら確実に進んでいく。時間が無限にも感じる。長く。長く。長く。長く。



そうして進んでいると鍵置き場に着いた。ようやく着いたので喜んだが完全にやらかしてしまったのに気がついてしまった。


真っ暗闇なので鍵の種類が分からない。懐中電灯を持ってこなかった自分に罵倒する。ここまできてまた戻るのはめんどくさい。


と、ここで閃いた。わざわざ鍵ひとつを取らなくてもいいじゃないか。鍵の形とかは覚えているがそれを手の感覚で探すのは難しい。


ならば全て取って後で確認すればいい。なーぜこんな簡単な所に気がつかなかったのだ。鍵を片っ端からとってバッグに入れる。バッグには最低限の物しか入れてないので全ての鍵を入れたとしても食料が余裕で入る。


ガチャガチャと音を鳴らしながら全ての鍵をバッグに入れていく。手を当てて全ての鍵を取ったことを確認する。これで後は前のルートに沿って歩くだけだ。もう一度壁に手を当てる。





バァン!!


何かの音が響いた。突然の爆音に耳が痛くなる。なんの音だ。持っている銃を構える。


しかし何も見えない。何かが落ちた音か。それにしてはでかすぎる……。そんなことを思っているとふと腕の方に違和感を感じた。


右腕の前腕の部分。少し違和感のある場所に触れてみた。ピチャ……。何かの液体。嫌な予感がする。その液体の匂いを嗅ぐ。鉄の匂い。独特な匂いが鼻をつんざく。血の匂いだ。


血の匂いがわかった途端一気に痛みが襲ってくる。なにが起こったのか分からず辺りを見渡すが何も見えない。呼吸が乱れる。


バァン!バァン!とまた2回ほど爆音がなる。腰が抜けて地面に座り込む。壁から手を離してしまったせいでここがどこだか分からなくなった。


まだ壁の方から遠くまでは離れていないはず。手をまさぐって壁を探す。探していると口から液体が溢れた。地面に液体が大粒の雨のように落ちる。


おそらく今の爆音は銃声。口から出た液体は多分、血だ。しかしこんな暗闇でここまで正確に俺を狙うのは不可能だ。


何かの化け物なのかもしれない。それとも透くんが言っていたおじいさんか。とにかくここにいるとまずい。


手を一生懸命振って壁の位置を特定しようとする。バァン!バァン!バァン!と爆音がなる。今度は3発の銃声が聞こえた。まずいまずいまずい。どこに当たったのかが分からない。それがいちばん怖い。


なんとかして壁を特定した。壁に沿って後ろに下がっていく。また撃たれる前に逃げなければ。息が乱れてくる。バァン!カチャカチャ……。


しめた!弾切れの音だ。体を持ち上げて急いで壁に沿いながら扉の方向へ向かう。


扉に着いた。少しだけ視界が戻る。後ろを振り向く。職員室は真っ暗闇で誰が追ってきているか分からない。


息を思い切り吸い込んで走り出した。全速力で走った。思考が体に追いつかない。後ろから物音はしない。追ってきてはいないようだ。走って走って走って走って走った。














続く





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