その9 初めての握手

 『兄ちゃん。今日のライブ行くから泊めて』

別の日。事務所にいると幸男からの連絡が来た。幸男の仕事のない日はほぼ必ず泊りにくる。

「幸男……」

俺はスマートフォンを見る。幸男は真面目にアンナとしての俺を応援している。

『相変わらず応援してるんだな。きっとアンナも喜んでるよ』

俺は連絡を返す。

『だといいなぁ』

一言だけそう返信が来た。

「……今日は幸男来るから、いつもより頑張らないとな」

俺はスマートフォンをしまい化粧をし直す。


 ※


 「アンナです! 今日もみんなに会えてよかったぁ!」

俺はアンナとしてマリサとユズミとステージに立ち、ライブに挑む。

「「アンナー!!」」

観客達は俺の名を呼ぶ。その中には幸男もいた。

「それでは今日の二曲目、『ノンストップ・ハイ』!」

俺達は今日も歌う。


 ※


 「アンナちゃん今日もすごかったです」

「ありがとー」

ライブが終わるとライブ会場内で握手会に移る。握手券を持ったファン達が並び俺達は一人ずつ握手する。

「今日もありがとう……」

「次回も来いよ。待ってるから」

ユズミちゃんとマリサも一人ずつ対応していく。

「次の方、」

スタッフさんが俺の次の人を呼ぶ。

「はい」

「!」

次に握手する相手を見ると、それは幸男だった。幸男は俺を緊張した顔で見つめる。

俺は驚いた顔を出さないように笑顔を作る。幸男が握手会に来るなんて予想してなかった。

これ、握手したら、近付いたらバレるんじゃないか?

俺は焦る。バレたら兄貴としても終わるしアイドルとしても終わる。

「……僕、幸男って言います。いつも応援しています」

「あ、ありがとう」

幸男は緊張しながら名乗り俺に手を伸ばす。俺も伸ばす。

「いつもはこういうの参加しないんですけど、今日はどうしても応援してるってどうしても言いたくて来ました」

「……」

俺は幸男の手をしっかりと握る。

「……うん、ありがとう! アンナはその気持ちだけで嬉しいよ!」

「アンナちゃんっ」

俺が笑顔を見せると幸男は涙目で嬉しそうになる。ずっと言いたかったことを言えたからかすごく嬉しそうだった。

「ありがとう! ずっと応援します!」

幸男は俺の手を離すと、俺に頭を下げてその場から出ていく。

「……」

幸男は今日、勇気を出して直接応援してくれたんだ。幸男の手、俺より少し大きかったな。昔は俺より小さかったのに、今はあいつも大人なんだ……

「次の方ー」

俺は切り替えてまた別の人と握手する。

とりあえず、バレなかったよな?

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