その5 更に言えない

 「兄ちゃん、飯うまい?」

「うん! うまいよ」

俺は幸男の作ってくれた夕飯を食べる。実際うまい、俺のために作ってくれたと思うと泣けてくる。

「兄ちゃんってさ、今恋人いる?」

「へ?」

幸男は俺が食べるのを見ながら問う。

「……なんでそんなこと聞くんだ?」

「だって兄ちゃんの恋愛対象、男の人だろ? その、変な人に騙されてないかなって……」

俺の恋愛対象が同性なのを幸男は知っている。ていうか幸男への好意で俺はそれを自覚した。

「別に何もないよ。今付き合っている人もいない」

「そう、ならよかった」

幸男は安堵する。

「もしもだけど、変な男に付き纏われたりしたらまず僕を頼ってよ。守ってあげるから」

「お、おう。ありがとう」

幸男の心配に俺の胸が痛む。実は、俺本当は付き合っている人がいるんだ。幸男にだけは言えないんだよ。

来栖社長と付き合っているなんて……

「でもそういう台詞はアンナにでも言ってあげなよ?」

「ええ!? 絶対きもがられるって!」

嘘と笑顔で幸男への隠し事がたくさん増えていく気がしてきた。

「兄ちゃん、変なことに巻き込まれてないかなって思ったけど大丈夫そうだね」

「うん、特に何もないって」

「暴行とかされかけたら、絶対に逃げてね」

「はいはい」

俺は食べ終わる。俺がアンナなのも言えないけど、社長と付き合っているのはもっと言えない。

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