第128話 メインヒロインの秘密

建国宣言から数日経過した。


 【森の隠者】フレディは忙しく働いていた。

 アーニーが訝しむ程だ。

 どの口がいうか、とウリカたちが聞いたら言うだろう。


 もともと、あまり精力的ではないので森に隠れ住んでいたぐらいだ。

 エルゼの件と、アーニーが尽力した名も無き町をさらに磨き上げるような動きだった。


 養父の知識に改めて舌を巻くアーニーであった。

 そして今日はマレックの屋敷にいるという。アーニーも合流することとなった。


「二人揃って何の悪巧みだ」


 茶化すように声をかけたアーニーだが、後悔した。

 マレックは寂しげに微笑み、フレディは暗い顔だったのだ。


「ど、どうしたんだよ。二人して」

「先延ばししても、変わらないからな。私から言おう」


 フレディが口を開いた。


「そろそろ覚悟を決めよ。アーニー。我々とは別れが近いやもしれぬ」

「我々? 何いってんだよ。じじぃは歳を取らないし、マレックまで居なくなるなんて、なあ?」


 マレックはそんなアーニーを、慈愛に満ちた瞳で注視する。


「お前も、薄々は気付いていたはずだ」

「何が起こるってんだ……」

「わかっているだろ? 【世界の終わりセービス終了】だ」


 アーニーは視線を逸らす。

 目を逸らしていた事実だ。


「ほれみぃ。しっておっただろ?」

「さすがはフレディ殿ですな。しいていえば、アーニーの守護遊霊が何も気付かないはずなく」

「あれは本当に特殊だからなぁ」


 アーニーの守護遊霊は二人の話題に上がっていたらしい。


「二人が消える理由がわからない……」

「簡単な話だ。私たちは神々の影響が強すぎる。お前たち冒険者の案内役ガイドとして選ばれたからな」

「それとこれとは!」

「守護遊霊がいる現実世界風に言えば神々が配置した【重要NPC】という奴らしい。私とマレック殿は間違いなく神々の影響を受ける。神々とこの世界の繋がりが途絶えたら消えるだろうよ」

「ありかよ、そんなの」

「だいたい、私なんぞおばばより遙かに年上だぞ。何故いまだに初老でいられるかというと、神々の使命のおかげ。マレックが町長なぞをやっておられるのも、意思があるに決まっている。今までが幸いだったのだよ」

「神々の使命がなくなるとは思えないんだけどな」

「神々とて、想定外の出来事。いや、想定したくない出来事なんだろうな。だから私はこの町の発展に乗った。お前が道筋をつけていた方向性を少しだけ補強させてもらった。よくやったな、アーニー」


 義父の賞賛に、アーニーは顔を歪める。


「こんなときに褒められても嬉しくないぞ!」


 アーニーは絶望に押しつぶされそうだった。

 【世界の終わりサービス終了】とマレックとフレディの消滅。その二つが直結しているとは思わなかったのだ。


「よくやってくれたよ。アーニーは。ウリカの両親の夢を叶えてくれてありがとう。私の役割も一段落つけた。みんまお前のおかげだ」

「マレックまで! 褒めるにはまだ早い。アカデミーだってまだだ! それにあんたはポーラに求婚しただろ! いきなり未亡人にするつもりか」

「実は正直に話してある。ポーラ殿は私の消滅も踏まえて受け入れてくれたのだ」

「ポーラ…… なんて覚悟を」


 ポーラの心情を思うとやるせなかった。永久の別れとなる前に、マレックを愛すると覚悟したのだ。


「猶予は半年ぐらいか。公国の道筋に関しては出来過ぎだ。神々も動いているか疑うほどの都合の良さであったな」

「マレック。お前はいつから感づいてたんだ?」

「潮時はいつも考えていたよ? ガチャや鯖落ちの件で長くないと察してはいたのだよ」

「儂としてもサ終寸前でお前とエルゼを導いてやれたことが、幸いだな」

「そうだな……」


 意味ありげな二人に、ようやく気付いた。

 本題は別だと。


「ちょっと待て。まさかウリカも? あいつは守護遊霊ユーザーありきの冒険者だぞ!」

「私たちのように消えたりはしない…… といいたいが断言はできないのだよ」

「何故!」

「古代帝国皇族の血、赤い瞳。魔神直系の家系だぞ。どう影響受けるか想像もできん。ウリカは、この世界にとって特別な存在メインヒロインだったのだ」

「彼女たち【紅き瞳の一族】こそいわば隠れ使徒。ゆえに守護遊霊が守護できない存在だったにもかかわらず、報酬として用意した存在。お前と彼女の出会いこそ、おまえの守護遊霊が課金を重ねて積み上げた実績ゆえだろうよ。世界が終わる以上、神々の手による特別な存在は退場は余儀なくされる。守護遊霊持ちということで状況が変わるかもしれないが……」

「私たちと消えるほうが幸せな状況になるかもしれない。今まで神々が抑えてきた特殊な事情、一種の封印が解かれる。運命の輪が動き出す、という奴だ」

「どうなるんだよ……」


 守護遊霊も言っていた。特殊な運命を持つ者は神々が抑えていると。


「ウリカを中心にこの世界が回る。彼女の死によって戦乱が、または魔王システムが蘇るかもしれない。彼女自身が世界を滅ぼす存在になるかもしれない。本当に何が起きるかわからないんだよ」

「俺が守る。守ってみせる」

「そうとも。個の力でお前以上にウリカを任せられる奴はいない。個以上の存在を私は警戒しているのだ。人の欲を束ねるような、邪悪な力をね。悪意というものはある日突然、まったく無関係なところから現れるのだから」

「最悪、ウリカ殿の死をもってお前が魔王になる、というシナリオとてあり得るのだ……」


 苦しげなフレディの表情が、その予測がありえることを物語っていた。


「魔王って鮮血の姫君の伴侶だったろ。なら俺は魔王にだってなってやるさ」

「鮮血の姫君は短命なんだよ。……私はよく知っている」


 かつてマレックの妹こそ――


「アーニーさんは魔王になりませんよ。エルゼもいますしね」


 背後から声が聞こえた。


「ウリカ?! いつからそこに」

「二人が消えるところから。それに私に関することです。知る権利はありますよね。私に気付かないとか、アーニーさん思い詰めすぎです」

「ウリカのことだからな」


 ウリカは落ち着いていた。むしろアーニーをなだめるような表情を浮かべている。


「私は今まで通りですよ。来年アーニーさんと式をあげ、マレック公国の城伯夫人として、子供に囲まれながら二人で年月を重ねて添い遂げるのです」

「ウリカ……」

「消えるから結婚を早めに、なんてごめんですよ? そんなフラグ立てたら本当に私、死んじゃいそうです」

「しかし!」

「結婚式前日に花嫁がさらわれる。よくある物語だ。運命、フラグ管理的にも下手に早めないほうがいい。私はもう花嫁衣装のウリカを抱き上げることもできた。映像もある。思い残すことはないよ」

「思い残せよ!」

「先ほど、守護遊霊様からもアドバイスをいただけました」

「あいつはどんなことをいったんだ」

「最善は尽くすと。悪墜ちは許さない、そして死んでも自分自身とアーニーを諦めるな、です。死んじゃうのは確定なんですかね?」

「悪墜ち? どういう意味か…… 何が起きるというんだ」

「守護遊霊様も不穏な事態を想定しています。死んでも諦めるな、は文字通りの意味だそうです。どんな形になっても、不本意な形でも、いつか戻れる方法もきっとあると。それに言っていました。アーニーさんと私の力を継承した冒険者を心待ちにしている、どれだけセイエンカネがかかっても、俺はそれを見届けると」

「転生前提か? 継承なんて単語は子供に関することのはず。意味がわからない。――頼もしいのか、煙に巻いているのかわからないな」

「私にとってもこれほど救いになることはない。セイエンは守護遊霊の活動するための生命線。お前達を守る守護遊霊の言葉を軽んじるつもりはない。お前とウリカの子供、か。それは私も見届けたいものだ」


 マレックは目を瞑り、守護遊霊に感謝していた。


「それに言っていましたよ。神々の移管次第、と」

「どういう意味だ?」

「天界の構成する神々を総入れ替えがある。もしそれが成れば……」

「運営移管という事象か。確かにそれがあれば私もマレック殿も復活する。もしくは再度召喚できるだろう」

「神々の運命さえも祈るのみ、か」

「希望はあるということだ。ウリカのためにも、捨てるわけにはいくまいよ」


 神々の移管。過去一度だけ実例はあった。それは古代の召喚戦争終了後だ。

 この世界が蘇ることができたのも、移管があったからだ。だが、それはマレックやフレディが誕生する前の話。伝説でしかない。


「守護遊霊までウリカのために動いているのだ。今生きている我々が、何もしないわけにはいくまい」

「俺は何をすればいい?」

「今まで通りだ。どんな困難にも耐えられるよう、高レベル冒険者をアカデミーで量産する。金もいる。産業を発展させ、他を圧倒し口出させない覚悟と決意をもった専守防衛の軍隊を作り上げる。来るべき公国になる日に備え、その道程を作る」

「お前のやっていたことを聞く限り、世界の終わりに備えての動きにしかみえん。ひょっとしたら、神々さえ欺いてまで発展させた可能性もあるぞ、守護遊霊は」

「ガチャ回すときしか能が無いはずなんだがな、あれは」

「とはいっても行動に影響は受ける。それゆえ守護遊霊だ」

「今回に限って、俺に教えてくれないんだ、あいつは……」

「それなら分かるぞ。お前自身が考えて結論を出す必要がある。何せ、守護遊霊もいなくなるのだからな。お前が最適なこたえを考えさせるための思考訓練ともいえる。あれは守護遊霊じゃなくて神霊じゃないかと疑いつつあるよ」

「あまり急すぎる世界の発展は、世界を破壊し神々も止めてくる。私も助言をだすことを許されない。だが今はいかなるストッパーも存在しない。神々の助力の一種と思え」

「わかった。ウリカの個の脅威からは俺が守る。数の脅威は……今まで通り、この町を全力で発展させる」

「それでいいぞ、アーニー。あと数ヶ月が勝負だ」

「まったくふざけている。それじゃなにか。ウリカどころかジャンヌまで消えるのか? あいつは【使徒】だぞ」


 立ち尽くすアーニー。


「ジャンヌ次第だな。彼女は使徒とはいえ、もはや守護遊霊の影響下。おそらくジャンヌは彼女が望みさえすればこの世界に残る。【使徒】ではなく人間として。冒険者だからこそ可能なんだが、ウリカはメインヒロインだからな。いや、待てよ――」


 マレックは何かを思いだしたようだ。アーニーとウリカの顔を凝視する。


「そういえば、お前達はSSR10連の迷宮の攻略をが目標だったな?」

「そうだ。そんな暇はなくなっちまったが」

「いや。攻略する必要があるかもしれない。SSRでウリカを確定させるのだ」

「ウリカを確定? どういう意味だ?」

「SSRをウリカに重ねるのだよ。つまり我らNPCではなく、PC、この世界の存在として。隠れ使徒状態のウリカを完全に守護遊霊所属にさせるのだ。今のうちにな」

「そんなことができるのか?」

「ウリカという存在の所有権を神々の影響下から、守護遊霊に移行させるのだ。そして守護遊霊がいなくなったとは自動的にこの世界に属するはずとなる」

「できると思います。今守護遊霊様が、その手があったかと呟きました」

「なんであいつ、俺に話しかけてこないんだよ!」

「ただし守護遊霊がいる今のうちだけだ。【世界の終わりサービス終了】したら、そんな裏技も使えなくなる」

「裏技だの仕様だの、いつもそんな話だな、おい! ウリカの命が、魂がかかってるというのに!」


 焦れるように叫ぶアーニー。世界全体に隠し事をされている機分だった。

 ウリカがそっと腕を絡めた。


「アーニーさん。私がいます。たとえ魂だけになっても、永久にあなたの側に。その言葉に偽りはありません」

「ウリカ。フラグを立てるんじゃない。俺がお前を守る。俺の魂も永久にお前と一緒だ」

「はい」

「俺は【世界の終わりセービス終了】に反逆する! 絶対に諦めないからな。サ終だろうがなんだろうが、反逆してやる」


 アーニーはウリカを力強く抱きしめる。


 そんな二人を二人の保護者は暖かく見守っていた。

 手を尽くすと、その決意を胸に秘めて。



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