第90話 抗争脱退

 レイド討伐の冒険者たちは明らかに追い詰められていた。


「いっそ森に火をつけようか?」

「いいな。それ」


 進軍するも地獄。引くも怒鳴られて罰を受ける地獄。

 もうこの広大な森を山火事にしてしまおう。

 今は冬だ。空気も乾燥しているので、きっとよく燃える。

 それで敵チームが巻き込まれて死んだら、儲けものだ。


 冒険者たちはひそひそと話し合っていた。

 火打ち石に手が伸びる。


『やめなされ』


 どこからともなく、声がした。

 周りを見回すと誰もいない。


「なんだ…… 罪悪感からくる幻聴かな。はは」


 火打ち石をもった冒険者が乾いた笑いを漏らした。


『森に火をつけることはよくないよ』


 はっきりと聞こえた。しわがれた老人のような声が、彼らに囁きかけている。


「うるせー! お前らは敵だな? 見てろよ。今火つけてやるよ。みんな燃えちまえ!」


 別の冒険者が油をまいた。

 男が火打ち石で火口を作ろうとした時――


 ドスン


 鈍い音がした。

 見ると、巨大な大木に、火をつけようとした男が押しつぶされていた。

 いや、それは大木ではなく、伸びた枝なのだ。その先、ひときわ巨大な巨木に、巨大な瞳と口が浮かんでいた。

 樹人だった。普段は温厚な彼らだが――


『やめろといったじゃろうが!』


 彼らの声は怒りに満ちていた。


 冒険者たちは顔面が蒼白になる。

 森での鉄則。温厚な樹人族を敵に回してはいけない。森の守護者の罰があたる。幼い子供でも知っている常識だった。


『お前ら、敵じゃな。わしらの敵じゃな! アーニーや精霊どもが言っていた、森に仇なす侵略者じゃな! 赤いオーラ、覚えたぞ!』

「ま、待って……」


 HOOOOOOOOOON


 樹人たちが一斉に叫んだ。 その木霊は超音波となり、衝撃波をまともに受けて、金属鎧ごと、粉々になった男もいた。


 目を開いた樹人たちが一斉に押し寄せてくる。

 冒険者たちは、為す術もなく、殺された。


 それ以後、樹人族までもが【鋼の雄牛】所属の冒険者を狙うことになった。アーニー達でさえ誤算の、自業自得の所業であった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  



 波状攻撃は失敗に終わった。

 第三陣も全滅したのだ。七割はモンスターに殺された。

 通常殺された者は、だいたいローブ職。魔法職全般だ。

 執拗に殺され続け、気が滅入っていた。


「もういやよ! なんどもなんども! 砦を出た瞬間殺されるのよ!」


 エルフの女が絶叫した。


「俺だって嫌だ! もう武器も防具もない! 代わりの武器を借りて木の楯もって情けねえ」


 武器と防具を溶かされた冒険者も泣き叫んでいる。


 スライムや樹人族に武器防具を破壊された者たちは完全に戦意を喪失していた。これから先、借り物の武器と急ごしらえの木の楯だけで戦わないといけないのだ。


「早く降伏しようぜ」


 ぼそっとシーフが言う。こんな実の無い戦いをするために集まったわけじゃないのだ。


「お前はMPKされてないからいいじゃないか! エルフ!」

「ふざけないでよ。死んだの17回よ。そのうち一回は復活水晶の部屋で圧死! もう二回は夜の悪魔達に八つ裂きにされ! もう肉体も限界が来ているわ。死に戻り! 死に戻りの繰り返し!」

「う……」

「わかる? ねえ? この戦い私たちに何の得があるの? 闇の飛龍討伐だったじゃない! 行く先々で略奪し放題とか本気で思ってたの?」

「それは……補給も必要で……」

「王国から軍資金ももらってんでしょ! なんで略奪する必要があってしかも返り討ちにされ続けてるのよ」

「俺たちの王国が出来る、という話で……」

「こんな悪魔がうろつく国が欲しいの? あんた達!」


 ヒステリックに叫ぶ。


「私の他にも、魔法職の人間は徹底的に殺されてるのよ! 前衛の脳筋たちにはわからないでしょうけどね!」

「うん、辛い。私、二十回殺されてる。親の敵のように、集中されて殺されてるの……」


 復活したら、走ってパーティのもとへ戻らないといけない。その途中でまた、何度も殺されるのだ。


「俺も……」

「いいよな! 金属鎧つけて防御ある連中はよ! こっちは考える暇もないんだ。気付いたら死んでるんだ!」


 あちこちで声が上がる。


「もう…… 普通の冒険者生活に戻りたい……」


 今度はさめざめと泣き始めた。

 つられて他の、少数の女性も泣き出す。


 男達も泣きたい事態であることは一緒だった。


「だが……それでもこの巨大なチームは、王国最強の戦力の一角を占めるんだ」


 弱々しく呟いた男がいる。


「所属しているだけで、でかい顔ができる。美味しい狩場も独占できるんだ。大手チームにはそれだけの魅力があるんだ」

「今更抜けるわけにはいかない。冒険者組合に圧力をかけられたら? 抜けてこのチームから圧力をかけられたら? 俺たちは生きていけない」

「ここが頑張り所なんだ」

 そういう声も力がない。

 厭戦ムードが早くも蔓延していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 彼らから距離を置いていた三人組の冒険者がいた。

 盗賊風の少年は、幼なじみのエルフライク――エルフの血が混じった少女と、大柄な戦士の男に声をかける。


「あのさ。二人に話があるんだ」

「なに?」

「明日の朝、みんなで逃げよう。明け方なら大丈夫」


 少年は小声で告げる。

 二人は目を見開いてびっくりした。


「私たち、冒険者できなくなるかもよ?」


 抗争の末チーム脱退。冒険者にはよくある話だが、元いたチームに復讐される怖れもある。とくに【鋼の雄牛】のようなトップクラスのチームはメンツに関わる。

 ロドニーの報復は苛烈だろう。


「もちろん。覚悟の上だ」


 少年は辛抱強く続けた。


「俺たちはこのままいくと、ロストする」

「なんでそう思う?」

「相手は勝利条件を設定していない。つまり、終わらないんだ、この戦いは」

「……」

「おかしいと思わないか。こっちが一見有利で、優勢なようで――俺たちはやられ続けている。相手は【城塞戦】なんてする気ない。緒戦はブラフだったんだ」

 

 少年は【アンサインド】の戦略を見抜いていた。


「……そうかもな。実際、殺され続けている」

「橋の上でモンスターと交戦中、落とされて死亡、なんて偶然あるもんか。色んな手段で【城塞戦】以外のルールで殺され続けるぞ、俺たちは」

「わかった。逃げましょう」

「命あってのなんとやらだ」

「明け方なら相手チームも城塞に引っ込んでいる。明け方同時に脱退申請を置いて出発。全力で最寄りの冒険者組合に走り込んで、正式な脱退手続きも済まそう」

「わかった」


 少年たちは言葉通り実行し、遠く離れた冒険者組合に駆け込むことに成功。脱退届は無事受理された。

 彼らは後に知る事となる。

 自分たちの判断が極めて正しかったということを。


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