第79話 アデプト

 ウリカも息を飲む。


 アーニーのモトカノとまで言われた女性。しかも付与ウィザードの【達人アデプト】だ。

 アデプトの希少性は【巨匠】マエストロを越える。


 ウリカが若干戸惑っている。

 ポーラが物静かな女性と言っていたが、イメージがまったく違う。


「アーネスト様。これはどういうことかな? 何故達人。――否。正しくは最終解脱者とでもいうべきだろう。そんな彼女と知り合いなのかね?」


 マレックが完全に引き気味だ。吸血鬼になってからは初めてではなかろうか。

 少なくとも【達人】はこんな辺境にいて良い存在では無い。その道の魔法を究めたものにこそ許される称号であり、魔法帝国時代でさえ、その名を名乗ることが許された者は少ない。


「アーネスト様。どういうことでしょう」


 ウリカの声が同じく非難の色を帯びた。


「様付けしない! 俺は知らない。むしろ、俺が聞きたい」

『俺いったん分離するわ! じゃあなマレック!』

「次の談義楽しみにしているぞ、守護遊霊よ」

『おう』


 守護遊霊が逃げた。


「みんなひっどいんだから! さっきイリーネ締め上げてようやく聞き出したんですからね!」


 頬を膨らませて怒っている。


「先生いじめるなよ」

「私もあなたの先生です! なんでイリーネに助けて、ってお願いしてですよ? 私に何もないの? おかしいよね? ね?! 『アーネスト君に助けてっていわれちゃってさー。私は先生だから当然だよねー』ってどれだけ自慢されたと思っているの!」

「レクテナがいるとは思わなかったんだよ」

「今回は無理矢理一緒についてきたものの、酒場待機を命じられたからね。ぼーと待ってたら戦争みたいな大事になっている。これはもう、私も参戦するしかないでしょう。我慢できず押しかけてしまったわ」


 美しい顔を興奮にゆがめて力説していた。このまま参戦できずにいたらさらに苦しんだだろう。


「しかも移住可能な付与ウィザード探しているのに、私に声かけないって酷すぎます。なんで私の弟子限定なのですか!」

「この町の生産したミスリルの武具に魔力付与をお願いできる術士が欲しかったんだよ。【達人】本人が移住しちゃだめだろう」

「私としては喜ばしいことだが…… 実際によろしいのでしょうか? レクテナ殿」

「わがままが許されるのなら」

「はい」


 マレックにしても大抵の要求は飲める。アーニーとウリカを別れさせる、など言わなければ。

 【達人】はそれほど希少性が高いのだ。


「魔法帝国式のお風呂を設置して欲しいです」


 締め上げた後、イリーネとロジーネに素晴らしいお風呂とさんざん自慢されたのだ。美容にもかなり良いらしい。


「それぐらいならお安いご用です。落ち着いたらすぐに着工させましょう。泳げるほどのとびっきりの温泉大風呂をお約束します」


 安堵しつつ、確約した。風呂だらけにしてもいいぐらいだ。

 安いなんてものではない。破格の条件だ。


「泳げる温泉大風呂?! ――うっそ。夢のよう! では話は決まりで」

「わかりました。名の無き町へようこそ。レクテナ殿。我々はあなたを歓迎します」

「はい!」


 レクテナは花のような笑顔を浮かべた。


「立て込んでおりまして大変申し訳ない」

「私も加勢します。お任せを」

「危険だからやめなよ、レクテナ先生」

「やめません! イリーネとロジーネ誘って私だけ仲間外れにするなって、いつもいっているでしょう!」

「ほら、二人は丈夫なドワーフだから」

「そこ種族で区別しない!」


 ウリカが死んだ瞳でアーニーを見詰めている。


「仲本当にいいですね?」

「ウリカ? 俺とレクテナは何にもないからな!」


 激しく言い合いをしている二人の仲が、逆に羨ましいウリカだった。


「あなたがウリカちゃんね。可愛いわ。よろしくお願いしますね」

「はい」

「警戒しないで。あなたがアーネストちゃんとお風呂入ったりしたことはイリーネから聞いているから。よくガードが堅いあの子を突き崩したものです。教わりたいわ」

「は、はい」


 なんと返事をしていいか、わからないウリカ。アーニーは顔面蒼白だ。マレックは平然としている。


「マレック。誤解だからな」

「誤解でもなんでもいいから、早く孫の顔を見せてくれたらいいよ、別に」

「孫言うなよ。姪だろ。形式上は」

「心境的にはそうとしか言い様がない」

「私、がんばるから!」

「がんばらなくていいぞ、ウリカ」

「ロジーネに聞いていた以上ね」


 若干悔しげなレクテナだった。


「私がいいたい事はだな、アーニー」

「はい」


 真剣なマレックに思わず返事をしてしまう。


「愛人は別に構わんが順番は間違えるな。最初はウリカだぞ」

「愛人作らないって!」


 誰にも手を出していない。マレックは無視して、ウリカに語りかける。


「ウリカもだ。有能な男には女が寄ってくる。折り合いは大切だぞ」

「はい。今日はみんながいる場所で、俺の女宣言してくれましたしね。――ほどほどなら許容します」


 ものすごく嬉しかったことは内緒だ。あんな状況でなければ飛び跳ねていた。


「そうだったな。町の人間や冒険者たちが集まってるど真ん中で俺の女宣言したな。絶対に離すことはない、とも」


 外堀を埋めてくるマレック。


「あのアーニーさんがそこまで言ってくれるなんて。嬉し泣きしそうでした」


「俺に念押しするように、いちいち言わなくていいからな?」


 今更になって照れ始めたアーニーだった。


「うそ、あのアーネストちゃんが? ウリカちゃんすごい!」


 レクテナが驚愕していた。


「先生もアーネストちゃんじゃなくて、生徒アーネスト、と学校での呼称でいいからな!」

「二人のときはアーネストちゃんじゃない。あなた私より年下なんだから」

「俺は定命だから、もう実年齢先生より上だよ!」

「そんなの気にしちゃダメって。ロジーネもいってるでしょ」

「早く私もそんな軽口を言い合える仲になりたいな」

「なれるから、ウリカ」


 アーニーが疲れて果てていた。


「もう戻るよ。自宅に」

「しばらくイリーネたちと同じ部屋にいさせてもらうからよろしくね」

「……そうなるか。いいか、ウリカ?」

「いいですよ。客間ですし」


 大きなベッドだ。三人ぐらい眠れるだろう。本来五人用だ。


「明日から忙しいのに……」

「エルゼの反応が楽しみですね、アーニーさん」


 ウリカがにっこり笑った。目が笑っていなかった。


 アーニーはそちらのほうがよほど怖かった。


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あけましておめでとうございます!

本年もよろしくお願いします!

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