第67話 ワンダリング・モンスター!

 名も無き町では大きな事業が二つある。

 一つは採石場の確立。タトルの大森林の一角に採石に適した土地があるのだ。

 もう一つは河川工事。急流地帯がある現在の区画から、堀と工業用水を兼ねた支流を作る土木事業だ。

 こちらはもともと適した小川があるため、それを改良する方向で動いている。


 切り出した石材の運搬方法は、主に人手、馬なら120キロ程度の石材が運搬可能だ。

 川が完成すればはしけを利用し、船を上流に運ぶ曳舟道ひきふねみちを作り、内陸水運も完成する。


  今日はドワーフのマエストロ姉妹とアーニーの三人で石切場を視察していた。

 冬なので全員厚着していた。ロジーネは別の場所にいる。


 石材を確かめるように、背負っているつるはし型の武器で軽く叩いている。

「そいつはつるはしじゃないだろう」


 アーニーがイリーネに声をかけた。


「似たようなもんよ。戦闘用つるはしだし。このベク・ド・コルバン」


 現実霊世界でカラスの嘴という意味を持つ、大型のピックをもつ武器だ。

 石切場では違和感がまったくない。


「堅い敵にはこいつが一番なのよね」

「えぐい武器だよな」


 槍の穂先が付いているウォーピックのような長柄の武器だ。刺してもいいし、鎧の上から叩き貫いてもいい。


「マエストロ様! 視察ですか!」


 石切場で働いているハイオーガが声をかけてきた。

 珍しく女性だ。角が目立つ大柄のガテン系美女といったところだ。


「ユキナさん! こんにちは!」


 どうやら顔見知りのようだ。


「あれ? 女性陣は左官や織物を担当と聞いていたが」

「はは。女性扱いしてくれてありがとう! こうみえて力自慢でね。細かい作業するより重いほう運ぶほうが性にあってるのさ!」

「ありがたい。しかし無理はしないでおくれよ」

「ハイオーガにそんな心配するなんてあんた、相当女たらしだね!」

「あたり!」

「先生!」


 イリーネとユキナが声を合わせて笑った。


 悲鳴が響いた。


「トロールだ!」


 トロールは別名地下の巨獣。洞窟に好んで住む、再生能力の高いモンスターだ。オーガをも捕まえて捕食するほど非常に獰猛である。


「向こうにもいる! 奥地だからか。何匹いるんだよ!」

彷徨う怪物ワンダリングモンスターじゃな! 総勢五匹! 迎撃を!」

 

 ロートの声だ。

 冬場で食料がなく、森の奥深くだ。ワンダリングモンスターの出現率も高い。


「いこっか、アーネスト君」

「ああ。先生と肩を並べて戦うなんて久しぶりだな」

「いやー。燃えるねえ」

「勘弁してくれ。いつも強敵だろ」

「それがいいんじゃないかあ!」


 不敵に笑うイリーナ。


「私も行きます!」

「武器がないだろ、逃げろ!」

「これで!」


 ユキナは、伐採してあった丸太を抱えた。


「トロールだって叩き潰してみせますよ!」


 トロールの再生能力は有名だ。

 殺すには焼き殺すか弱らせて頭を叩き潰すしかない。


「わかった。無理はするなよ」

「はい!」


 三人は叫び声が聞こえた場所に向かった。


 現場ではロートをはじめとするドワーフ、ハイオーガ、人間たちがつるはしや斧をもって身構えていた。


「みんな、下がれ」

「う、すまぬ」

「了解です!」


 謝罪しながら後ろに下がる。トロールは専門職でないと対処できない強敵だ。

 トロールが三匹。


「残る二匹は?」

「川の向こう側です。挟撃です!」

「あっちにはロジーネ様が!」


「ああ、なら心配ないね」


 イリーネが手を振る。


「あの子は私より強いから」


 意外な発言に、周囲の者は呆然とした。


「行くか。【ブリザード】」


 アーニーが氷の精霊に呼びかけ、トロールたちが吹雪に覆われる。

 あっという間に三体とも氷に覆われ、そのうち二体がすぐに動き出す。


「レジストされたか——もう一匹も時間の問題だ。先生たちはそっちを頼む」

「まっかせて!」


 トロールの巨大な棍棒をイリーネが手持ちの武器で受け止める。


「初手は取られるなんていつものこと。じゃあ、次はこれね!」


 大きく振りかぶったベクドコルバンをトロールに叩き付ける。

 肉が無残にもえぐり取られるが、すぐに再生を始める。


 すぐさま引き抜いた武器を、再び突き刺した。穂先がトロールの左腿を貫く。

 彼女の頭上を大きな丸太が横切った。大木はトロールの頭部を打ち据える。

 トロールは絶叫をあげながら後ろに後ずさった。


 転がり悶え苦しむトロールに、ロジーネは全力で槍の穂先を打ち込む。


「今よ!」

「はい!」


 丸太を垂直に持ち上げたユキナは、そのまま頭部に振り落とす。


 トロールの頭部は弾け飛び、絶命した。


 アーニーも残ったトロールと対峙していた。


「あいつら派手にやったな。負けてはいられない」


 トロールは魔法抵抗力も高いが、切りつける物理攻撃では回復されてしまう可能性が高い。


「【ライトニング】」


 雷の精霊に呼びかけ、雷撃を見舞う。

トロールは憎々しげに睨み付ける。

 手に持った棍棒を横殴りに振ってきた。


「おっと」


 身をかがめ、回避する。


「火の精霊が力を発揮できないな……」


 再生能力が高いトロール相手には焼いて再生能力を封じることが一番だ。

 しかし季節は冬。雪が舞う山奥で火種もなしに火炎魔法は使えない。


『ウパ!!』


 そう思っていたところに、サラマンダーの幼体が現れた。

 彼の家の竈を守っている、火の精霊だ。

 とはいっても彼はお湯炊き専用になりつつある。風呂需要が圧倒的だ。


「ってこら。だめじゃないか! ついて来ちゃ!」


 アーニーが慌てたが、常時竈に精霊がいるほうが不自然なのだ。


『ウパー!』


 怒っている。初手に氷の精霊を使ったことに抗議しているのだ。


「ごめんよ。わかったよ【ファイアショット】」


 幼体の体が燃え上がる。そこから発せられる火炎。

 トロールが燃えあがる。やけど状態にさえ追い込めたら、力が強い人型の獣にすぎない。


「これで最後だ。【ファイア・エクスプロージョン】」


 燃えさかるトロールの腹部に火炎弾を叩き込む。着弾した後、轟音と共に爆発した。

 トロールは見事に四散した。


「アーネスト君、強くなったなー」

「おかげさまで今はSSRですから。ガチャで」

「ガチャかー。執念だなあ。SR+の私を差し置いて! おのれー!」

「もうひ弱なアーニーはいないのです、先生」

「アーニーさんがひ弱ってだけでまわりの人間卒倒しますよね……」


 ユキナが信じられない、という顔をする。


「さて、三人で凍っている奴を倒すか」

「そうだね。ロジーネも待っていると思うし!」


 彼らはロジーネの心配などかけらもしていなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆  



 もこもこに着込んだロジーネは嘆息した。眼鏡が曇っては拭くの繰り返し。

 視界に近付いてくるトロールが二体いた。


「みなさん、下がってください」

「ここは我らが支えます。ロジーネ様がおさがりください!」


 側にいたドワーフが恐怖に引きつった顔で強がっている。

 人間も、近くにある斧を手にとっているが戦力にならなさそうだった。


「心配ご無用——巻き添えをくらうと死にますよ」

「え?」

「早く立ち去りなさい!」

「は、はい!」


 二人は足早に立ち去った。

 威嚇しながら近付いてくるトロールたち。


「二匹か…… まあ三匹ならアーネストさんと姉さんで瞬殺でしょう」


 彼女もまた、姉の心配はしていなかった。

 彼女は手に持っていた道具箱を地面に放り投げる。どすんという音とともに雪の中に沈んだ。

 細工師の道具箱は極めて重い。小さな箱のようにみえて、人間の女性の体重ぐらいある。

 ロジーネが両手をあげる。


「一匹——捕縛」


 近付いてくるトロールの動きが止まった。


「戦闘人形がないことは残念。久々に【絡繰り士】で戦えるというものです。【金縛法】、どうかしら。金縛りって奴を体験したことはありますか?

 ロジーネの両手から鋼線が延びていた。


「アーネストさんに作っていただいた鋼線——そう簡単には千切れません」


 彼女の鋼線は極細の、アーニーの工作術式によるものだ。

 針金職人が作る金や銀の太いワイヤーとは比べものにならない。

 彼女はスキルによって自在に操ることができるのだ。


 トロールが無理に動こうとし——全身から血が吹き出た。

 絶叫して地面をのたうち回る。そうすると、鋼線がどんどん肉体に食い込むのだ。

 体が再生するたびにどんどんみじん切りになっていく。


 地獄のような光景だ。


 血まみれの肉塊がのうたうちまわっている。残りの一匹は足を止めた。

 逃げるかどうか悩んだのだ。


 ただ、ロジーネは両手がふさがっている。今のうちに始末しないと——

 その焦りからトロールは走り出す。


 首が飛んだ。


 凍ったワイヤーが、トロールの首を刎ねたのだ。自分の勢いで飛ばしたようなものだ。

 首だけになっても、まだ意識はあるトロールがみた光景は——

 自分の細工箱を両手に掲げ、全力で彼に向かって放り投げるロジーネだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆  



 ロジーネが川で細工箱を洗っていると、三人がやってきた。


「大丈夫だったか?」


 アーニーが声をかける。


「はい! 無事片付けましたよ」

「さすがロジーネね!」

「本当にお強いんですね……」


 一見、眼鏡をかけた少女に見えるロジーネが一番弱そうに見える。


「本当はアーネストさんが助けにくるのを待っていたんですが」


 ロジーネが少しだけ恨み節でアーニー-を睨んだ。


「あれ、あそこの気絶している二人、どうしたんだ?」


 ドワーフと人間の男が仰向けで気絶している。


「ああ」


 ロジーネが頬を赤くした。


「トロール倒したあと、様子を見に戻ってきてくれたんですが、倒したトロールの死体をみて気絶しました。ちょっと、ぐちゃぐちゃで」


 頬を染めている。


「照れるところか、そこが!」

「気絶するほどぐちゃぐちゃって、どんななの!」

「みます? まだありますよ?」

「夜眠れなくなりそうだから絶対嫌!」


 ユキナの絶叫が山奥に木霊した。

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