第66話 星形城塞
マレックの屋敷に四人が集まっていた。
アーニー、グラディエイターのニック、エルフのディーター、そしてウリカである。
家ではイリーネが製図中である。
「避難民が五百人ぐらい。成人男性は三分の一ぐらいか」
ニックが名簿リストで確認する。
「アーニーさんの言うとおり、短期労働者と長期労働者に分けた方が良いな」
「この町で暮らしたい者は長期労働者に。冬だけ越して首都方面に向かいたい者は報酬多めで重労働の短期労働者多めにということですね」
「食料か…… どっかの冒険者が悪乗りレベルでカボチャを乱獲してくれたことで助かるな!」
「カボチャを乱獲って表現もどうかと思いますけどね?」
ウリカがそっと抗議した。
かぼちゃが食用であったことが今になって大変助かっている。
「石工に石切職人は男手として…… 左官は女性や子供にも手伝ってもらえそうだ。食料も入れないと。食料の備蓄や購入費用も今回は賄えるとして、伐採区画を広げてはダメかい? 燃料が欲しい」
「ダメです、といいたいところですけどね。石切場を作らないといけないですし、山脈の裾野の区画でいいなら可能です」
城塞を作る上で、避難民から協力を得ようとする計画を立てていた。
「丘で切り出す石材では足りないのか?」
「足りないね。間違いなく。図面素案はもらったけど、かなり大がかりだよ」
「数年単位の事業になりそうだけど……」
「そうはかからないだろうね。実際動くと早いと思う。なにせ……」
ニックが目を輝かせる。
「星形城塞…… 素晴らしい」
グラディエイターである。事務仕事より、戦場の話がしたい。
「守りたい地形を星刑に形成、外部周辺を同じく星型の城塞を作り、尖った部分が
ウリカはイリーネから聞いた話を思い出す。
区画を星形にかたどった城壁で覆い、脅威に対抗するのだ。
区画ごとに城壁を作り、防御力を上げることにした階層型星刑城塞都市が現在進められている。
「星の先端部分に当たる稜堡は死角を無くし、魔法使いたちが攻撃魔法を使いまくってもフレンドリーファイアを防げる。いいよなこれ」
ニックは構想に惚れ込んでいた。グラディエイターなのだ。戦術や戦略に関する建築物に惚れないわけがない。
「外の外壁は土と石で代用していくっていうところもポイント高いな。そりゃ莫大な費用はいる。が、それでも高さもそこそこで費用も抑えることができる。飛んでくる竜にはちと弱いが、竜が攻めてきたら普通の砦だって持ちやしない」
「サークル型の防壁は時代遅れとかいってやがったな、先生」
「完全に要塞ですね」
「町が盛り上がった丘にあったことが運の尽きだな。これはやりがいあるって先生が喜んでいた」
アーニーがため息をつく。
「そうだね! 本当に大事になったよな!」
マレックが入ってきた。
「みんなご苦労。これはかつてないプロジェクトだ。迷惑かけるがよろしく頼む」
「お任せください。何せマエストロの指揮下ですからね。並々ならぬ熱意で皆動いています」
ディーターが請け負った。
マエストロの指導は種属問わずだった。とくにガラスや鍛冶工房でのロジーネの指導は大変わかりやすく、あのフェアリー族までも参加したいといいだしたのだ。
また、アーニーを入れた三人が亜人解放戦争の立役者なのも一夜にして広まった。
多くの同胞を救った英雄が、今度は自らの町を守るために指導してくれるのだ。住人のやる気は満ちている。
地味な下働きが多いイリーネの作業も、希望者が殺到していた。
「工業区画あるからすぐ元は取れる」
「そこは心配してないぞ、アーネスト様」
「ウリカと同じような嫌味言うなよ」
「様もつけたくなるだろう。どれだけの政治力があればマエストロ二人連れてくることができるのか。そのマエストロがこの町の未来を見据えた城塞作りしたいと言い出して私は卒倒しそうになったんだぞ」
「吸血鬼だから大丈夫。そんなことで寝ている冒険者起こすな」
「吸血鬼の体を恨んだことは久しぶりだね! しかもプランは私から見ても大変魅力的だ!」
どうやら興奮しているようだ。
「いいことじゃないか」
「何を腑抜けておるのだ、貴様は。我が町が最新鋭の要塞都市になるんだぞ。興奮しないのか! 何より恐ろしいことに、あのマエストロはこの町の特殊事情を見抜いていたということだな」
名も無き町は小規模ながら産業が盛んであり、僻地ではあるので人の流れは少ない。しかし産業がこのまま発達していけば、各方面から人が流れてくる。また亜人の避難民の多さも問題だ。
現在は王国に所属しているが、いつどの勢力が敵に回るかわからない不安定さもある。
人口増加、全周囲への警戒。それらの必要性を考慮してイリーネは準備を進めていたのだ。計画では中心部に1万人以上居住できる。
「アーニーさんの先生ですから」
「【火球爆発】やドラゴンブレスに耐える設計だもんな。びっくりだよな。しかも星刑区画を組み合わせて中心部の防御力をあげるときたもんだ」
「びっくりで済ますな!」
アーニーの無責任さに怒鳴り足りないマレックだったが、咳払いして冷静さを取り戻した。
「今のレベルで工業、商業が進めば城塞都市規模になることは時間の問題だった。幸いなことに場所だけはたくさんある。ウリカの両親の苦労がようやく実を結ぼうとしているのだ」
「はい」
ウリカはそっと目を閉じた。
多種族の種族と価値観。生きていく上で手を取り合っていける村作りからした開墾。
「この星形城塞が完成すれば、多くの亜人を戦禍から救えるかもしれない。それは個の力では無理だということは痛感している」
「難民としてこの町にきた私は、よく存じております」
ディーターも、流浪の時間を思い出していた。
「アーニーには改めて礼を言わねばならない」
「ウリカの役に立てて嬉しいよ」
この町の発展は、ウリカの願いでもあったのだ。
「私は何もできなくて、辛かったです。でも、きっと何か出来ることもあるのだと」
「アーニーを連れてきてくれただけでお釣りがでるぞ、ウリカ」
「そうですよ! ウリカ様!」
ディーターも力説する。
「ウリカ様がいないとアーニーさんは、この町にきても迷宮に籠もっていたでしょうからね」
「違いないな」
ウリカに向かって笑ってみせた。
「もう!」
アーニーの笑顔に嬉しさを隠しきれない。
「先生たちに感謝だ。もうすぐお別れだからな。俺もあと一息頑張るよ」
「――そうか」
「なんだマレック。何か言いたそうな顔をして」
「知らないならいい。私もあの二人にはとても感謝しているのだから」
「そうですね」
振り返って自室に戻るマレックは、ウリカそっくりな悪い顔で笑っていた。
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