第65話 糖度200%(自作比)でお送りいたします

「ただいま」

 疲労労困憊で帰宅したアーニー。まだ夕暮れ前である

 クリスマスイベントの廃狩りを終え、滞っていた調査の追い込みに入っていたのである。


「おかえりー」


 イリーネが声をかける。現在建築設計図を描いていた。広域の計画プランを立てる【建築家】ならではである。

 居間に大きな製図用テーブルを用意してもらい、そこで図面を引いている。

 助手はロジーネだった。


「石切場候補地も確保しておいたぞ」

「調査お疲れ。やっぱりキミは便利だわー」

「ただの城壁じゃないよな、今設計しているの」

「内緒」


 ウィンクして誤魔化す。こういうときは大抵大事だ。


「早速ロートが死にそうになっているぞ」

「あの子は根性あるね! 見込みあるよー」

「連れて帰っちゃだめだぞ」

「わかってるわよ」


 マエストロに見込まれた者など、そうはいない。ましてロートはこの名前の無い町の重要人物だ。


「あれ? みんなは?」

「買い物−。クリスマスだからおもっいきり甘いものを用意するってー」

「そうか。冬だし甘い物はいいな」

「私的には糖度200%ぐらいがいいかなーって」

「胸焼けするぞ……」

「あっさりとした紅茶も欲しいね。――風呂も沸いているから、あんたもさっさと風呂入って夕食に備えなさい」

「そうする」


 革鎧を外して、部屋の片隅に荷物を置く。それから彼は脱衣所に向かった。


「お約束って大事だと思わない? アーネスト君」


 アーニーの背中の向こう側で、イリーネがとてつもなく邪悪な笑顔を浮かべていた。


★ ★ ★ ★ ★  


 彼の家には珍しく風呂がある。お嬢様であるウリカのために作られた家なので、一見すると質素な民家だが内部は豪勢な作りだ。

 とくにこの魔法帝国式の湯船風呂は画期的だ。王都の有力者ぐらいしか所有していない、究極の贅沢品ともいえる設備となっている。

 岩で組まれた浴槽は温水を流し込む形式だ。温水は温泉水を引っ張ってきている。地質的に硬水になる。

 三、四人ぐらい入ってものびのび出来る風呂で、紛れもなく一級品だ。


 彼が浴室の扉を開けて、中に入り閉める。浴室は湯気だらけだ。そして中に入った時、硬直した。


 椅子に座っている少女。ちょうどお湯を頭から被ったところだったろうか。

 水がしたたる金髪からも、その美しい白い肌からも全身湯気が立っている。守護遊霊にいわせれば湯気仕事しすぎ、と叫ぶだろう。

 赤い瞳が見開いて彼を見詰める。ウリカだった。


 目があって二人とも固まる。見つめ合う格好だ。


「ア、アーニーさん?」


 ようやくウリカが声をだした。


「ご、ごめん! くそ、イリーネの奴! 入っているのしらなかったんだ! おのれイリーネ!」


 先生の好きそうな悪戯だ。


「あ、あの私は大丈夫ですよ?」

「だめだろ。すぐ出るよ」


 といっても気まずくて後ろもなかなか振り返ることができない。


「もう一緒に入りましょ?」

「そ、そういうわけには」


 後ろを振り返って右手を扉に手をかけようとしたとき、


「わ、私のこと嫌いじゃなかったら、一緒に入って欲しいなー、なんて」


 左手を掴まれながら言われた。

 アーニーは顔が真っ赤だ。


「え、う、うん……」


 観念して振り返った。

 前をタオルで隠して、ウリカも全身真っ赤になっていた。


★ ★ ★ ★ ★  


 背中を流し合い、今は仲良く並んで湯船に浸かっている二人。

 それでもちょこんとアーニーの隣にいるウリカだった。


「本当ごめんな」

「気にしてないですから。ロジーネさんとエルゼが買い物いっている間に、風呂入ってしまおうと思って」

「イリーネ先生、こういう悪戯大好きなんだよ。よく振り回された……」

「誰も損はしない悪戯でいいじゃないですか」

「あー、うん……: 俺は得すぎて……」

「私も得ですよ?」


 顔を真っ赤にして無言になる二人。


「エルゼから聞きましたよ、アーニーさん」

「何を?」

「【使徒】にいったそうですね。ウリカもエルゼも指一本手出しはさせない。大切なものは独り占めする、って」

「——うん。言った」

「嬉しいです。エルゼなんて泣いてた」

「本音がついでてしまって」


 そしてまた二人は無言になる。


「私、大切にされているのに知らないことばっかり。たまには教えてください」

「隠してないよ」

「アーニーさんがくれたネックレス。守りたいって意味が込められているって、聞きました」

「ロジーネがそこまで話したのか! ——そうだよ。そういう意味は込めた」

「教えてくれてもよかったのに」

「言い忘れた」

「もう!」


 ウリカは甘えるように拗ねた。


「——ロジーネさんがもう一つ、意味が込められていると言っていました。本人に訊け、と。教えてください」

「ロジーネ?! 何を言っているんだ!」

「あるんですね?」

「……あるよ」

「教えてください」

「ここじゃ、俺が死ぬ」


 恥ずかしさで。アーニーの顔が今までにみたことがないぐらい真っ赤だ。


「教えてください」


 ウリカはひたむきな赤い瞳を向けてきた。その真摯な視線が、よりアーニーを口ごもらせる


「あとじゃだめか?」

「今聞きたいです」


 なおも口ごもるアーニーに、ウリカが抱きついてきた。柔らかい感触。密着して形の良い双球が潰れている。

 アーニーが固まる。


「……今聞きたい」


 耳元で囁く。

 甘い囁きに、アーニーも限界だった。


「——ガラス細工だけど、一つだけラピスラズリを混ぜてあるんだ」

「はい」

「それは、星を意味していて、あのネックレスだと北極星を意味するんだよ」

「はい」


 ぐっと肩に回された腕に力が入る。


「だから、その……贈った人に対して『貴女を見失いません』『どこにいても貴女の場所へ向かいます』みたいな意味が……あります……」

「私?」


 耳元に触れんばかりの近い距離で。

 アーニーの口からで言って欲しかった。


「ウリカだよ」


 その言葉を聞いて、ウリカは顔を移動させ、そっと唇を重ねる。

 そのまま脱力するように、体重を彼の体に預けた。


 アーニーがそっと肩に手を回す。


 恥ずかしくて顔を上げられないウリカだった。


「ウリカ。のぼせるぞ」

「誰のせいですか」


 軽口も力がない。


「それにさっきから俺との距離が……」


 零距離だ。


「……先あがりますね」


 恥ずかしさで死にそうになりながら、そそくさと風呂から出て行った。


 アーニーはそのまま湯船に口下まで沈んでいった。


★ ★ ★ ★ ★  


「ウリカちゃん、あがったの? のぼせたのかな? 顔真っ赤だよー」

 風呂上がりのウリカが、今に入ったところにイリーネが声をかけてきた。

 幸いなことにエルゼとロジーネはまだ帰ってきてなかった。


「わかっているくせにー」

 今言える軽口はこれが限界だった。


「なんのことかなー? おねーさんわからなーい」

 朗らかに答えるイリーネ。


「……ありがとうございました」

 小声でウリカが礼を述べた。


 イリーネはニカっと笑っただけだった。


「落ち着くまで布団のなかに潜って膝を抱えて丸まってるといいよ」

「そうします」


 ふらふらと自室に戻るウリカ。


「ウリカちゃん可愛すぎ。アーネスト君にはもったいないねー。いつまでもあがらない双六してるんじゃないよ」


 良い気分で製図にも捗る。

 しばらく立つと、幽鬼のようなアーニーが後ろにいた。顔は赤い。


「アーネスト君。顔真っ赤だよ。上せた?」

「誰かさんのおかげでな!」

「なんのことかなー。あ、ウリカちゃんが風呂入ってるのいい忘れたね。ごめんー」


 棒読みで先に謝られた。

 何か言おうとしたアーニーだったが、力なくため息をついた。こういう悪戯でイリーネに勝てたことはない。


「そういえばウリカちゃん、のぼせたから外の空気吸ってくるってー」

「そうか」

「エルゼちゃんたちが帰ってくるまで、あんた部屋で横になってきなよ。朝より疲れ果てているよ」

「先生がそれをいうのか」

「なんのことかなー?」

「飯時になったら起こしてもらうよ」


 ふらふらと自室に戻るアーニー。

 それを見届け、さらに邪悪な笑顔を浮かべるイリーネ。


 二人は布団の中で鉢合わせした。

 猫のように小さく布団の中に丸まって寝ているウリカと、頭が働かないアーニー。

 逃げようとするアーニーを顔が真っ赤になったウリカがアーニーが捕まえて抱き枕とする。

 すべてはイリーネの手の平の上の出来事であった。


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