第63話 守ってあげたくなっちゃう。本音だよ?
翌日、職人組メンバーを集めて酒場にいた。
ドワーフ四兄弟、エルフのディーター、ハイオーガのマロシュである。
今日はエルゼとドワーフ姉妹だけだ。
アーニーは朝から目が死んでる。
ドワーフ姉妹とエルゼは元気いっぱいだ。姉妹のような仲の良さである。
「えー。みんな。防壁に関してもあるが、今日は紹介したい人がいる。俺の先生であられるイリーネとロジーネだ。二人は
皆無言でドワーフ姉妹を見詰めた。
「建築のマエストロしてます! 僕はイリーネ。よろしくね!」
「細工職人のマエストロをしています。私はロジーネです。よろしくお願いします」
集められた者たちが深々と頭を下げた。
声を出すのも憚られる。
「えー。お二人にはみんなの指導をしてもらうことになった。学ぶことも多いと思うから大いに励んでくれ。じゃ」
そそくさと立ち去ろうとするアーニーがドワーフ四人同時にしがみつかれた。
「じゃ、じゃないわい。どこをどうしたら、いきなりマエストロが、しかも二人もここにくるんじゃ」
ブラオの声が珍しく引きつっていた。
「俺の先生です。じゃ」
「逃がさぬ!」
席に引き戻された。
いきなり雲上人が現れて指導するとなったら、彼らも怖じ気づく。
「イリーネ様の高名は俺でもしってるわい。かつて伝説の一夜城を成し遂げて我々やエルフの同胞を数多く救った英雄。お会いできて光栄じゃ」
大工のロートが感極まる声を上げる。
「あーあの一夜城ねー。昨日も話したんだけど、あれ私とアーネスト君の作だから。私一人じゃ絶対無理」
ドワーフの視線が集まる。ディーターも目を大きく見開いている。
「一夜城って大げさだよな。実際張りぼてみたいなもんだし。下準備二日かかってるしな」
誤魔化そうと虚勢を張るが、逆にそれが真実だと思わせる効果になることに気付いていない。
何せ当事者しか知りようが無い事実なのだ。
エルゼが黒い笑みを浮かべて、兄を見た。ディーターは口をあんぐり開けて見つめ返してきた。
「櫓まで作って張りぼてはないですよ、アーネストさん」
「敵を驚かすには十分だったね!」
「攻めるための砦だからなあ。壁は薄くていいんだよ、あれ」
三人が異次元の会話をしている。
「とりあえず、何から驚いたらいいか、わからないですな」
マロシュがぼそっという。
「みんな。言いたいことがあるだろう? わかる。わかるが、俺には何もできない」
「諦めた目をしている。何故かな? アーニー殿!」
細工職人のグラオが気になる点を指摘する。
「イリーネ先生が防壁制作の指揮をしてくださることになった。マレックも了解済みだ。がんばれー」
「人ごとみたいにいわないでね? アーニーさん!」
ディーターが声を荒げた。
「良かった。俺、木こりで良かった。兄さん達がんばれ。俺は伐採に専念する」
「あれ? 私たち人外扱い?」
村人の雰囲気がおかしいことにようやく気付くイリーネ。
「マエストロの評価はそれほどですよ、イリーネ様。ましてやこんな辺境で実際にお会いできた者などほとんどいないでしょう」
ちなみにドワーフ姉妹とすっかり仲良くなったエルゼである。
酔ったエルゼがアーニーはへたれと言いだし、大いに盛り上がった。
本人がいなかったことが幸いだ。
「今日一日はディーターさんとマロシュさんの制作風景を後ろからじっと眺めておくだけにしましょうか。指導はおいおい」
「こ、光栄です」
ロジーネの評価にマロシュが引きつって応える。マエストロの指導を受けることになったハイオーガは前代未聞の話ではないだろうか。
「ああ、ロート君っていったね。あんた、この町いる間は私の助手お願いね!」
「え?」
イリーネにいきなり振られたロートが固まる。
「アーネストの家、素晴らしいね。とくに風呂が良い。風呂が。マレックさんがあなたに渡した図面をあそこまで再現している腕前は見事ね」
「お褒め頂き恐悦至極……」
「そう。才能あるから。私がこの町に離れるまで、基礎応用、じっくり教えてあげる!」
「ひぇ…… よ、よろしくお願いします」
「頼んだぞ、ロート」
「アーニー殿。このような機会を与えてくださって、感謝しかないぞい」
「礼はまだ早い。一ヶ月したら恨み言になる。使いっぱなしされるわ、殴られるわで散々だぞ」
「職人の世界はそのようなもんじゃ。ましてマエストロにお仕えする身になれば当然じゃて」
本当に光栄なのだろう。体が小刻みに震えている。
「あーうん。イリーネ、お手柔らかにな」
「時間ないから全力だよ!」
「ロート、がんばれ。辛かったらポーションぐらいなら差し入れしてやる」
アーニーの同情の目にも気付かず、我が身に降りかかった幸運を噛みしめるロートだった。
「防壁というか城塞にする予定だけどね! 昨日領主さんが追加予算くれるっていってたし!」
「マレック様が!」
ディーターも計画に関する話に関わる身として、聞いておかねばならない。
「あー。エルゼ。怖いんだが、マレックと先生たち、ウマがあったってことだな」
「かなり。あと、アーニー様。マレック様が本日はじっくりお話ししたいとのことですよ」
「珍しく寝ている俺を叩きおこしにきたもんな。青筋立てて起きろ−って。拒否して寝ていたけど」
「あの状況で寝ていられるアーニー様が大物過ぎるのです……」
「エルゼの助言通り早めに寝ただけだよ」
彼はそれで正解だったと思っている。
「アーニーさん。急いでニックさん呼び戻して計画練り直さないと」
こんなところであてにされているグラディエイターもいた。
「そうだな。どれだけ人手がいるかわからないしな」
「ああ。人手はいるね。搬入が必要な材料は手配してあるよ。現地調達できそうにないものはね」
「え、資金は?」
「前払いしてきたから安心してね!」
「おいおい、やりすぎだろう!」
「そうでもないよ。アーネスト君、ミスリルの甲冑相談してきたじゃん?」
「ああ、買う奴がいるかなーってあれね」
「あれ。私が買うから! その前払い! 甲冑の売り上げを充てたいって書いてたしちょうどいいかな、って!」
「いいのか……としか言いようがない」
「いいんだよ。ミスリル工房楽しみだな!」
「なんでそんなに乗り気なんだよ。俺がいるだけ、って理由じゃなさそうだな」
「――亜人がたくさんいる町っていいよね。つい守ってあげたくなっちゃう。アーネスト君の手紙で知って、来たら想像以上で素敵だし!」
イリーネがそういうと、皆の視線が集まった。
ここ百年ばかり、帝国を中心とした亜人に対する迫害は増す一途だった。
エルフもドワーフもハイオーガも、王国が立ち上がらなければ、それこそタトルの大森林の奥深くで、モンスターのように暮らさなければいけなかっただろう。
「そんな見詰めないでよー。本音だよ?」
イリーネは身をくねらせながら照れた。
「姉さんの言う通りです。色んな種族がいて、色んな価値観があって、問題も多いでしょう。それでも前向きなこの町は素晴らしいと思います」
ロジーネも続いた。
「私に可能な限りお手伝いしたいと思いますよ」
「ありがとうございます。ロジーネ様」
「エルゼちゃん、可愛いもんねー」
エルゼもどうやら相当二人に気に入られているようだった。
「我らは一度ならず二度までも救われることになりそうだな」
「そうですね」
「おお、まさにドワーフ族の女神……」
ブラオとティーダーが視線を交わす。
ドワーフたちは感涙しそうな勢いだ。
「ありがとう。先生」
「そうよ。感謝なさいね。ってあんたにはまだしてない授業もたくさんあるし」
「……私も。おいおい工房でじっくりと、ね?」
アーニーは苦笑で反すだけだった。
「先生と生徒ってよりは、何か戦友のような関係を感じますね」
「そうだね。私たちの修羅場は凄いよー? 竜やら戦争やら生きるか死ぬかだから」
「女性関係の修羅場もありましたしね」
さらりと爆弾を落とすロジーネ。
「それは気になる話ですな!」
ドワーフやティーダーも興味津々であった。
「ウリカ様に報告しないと…… ふふ。絶対に!」
「エルゼ?!」
目を逸らしながら微笑むエルゼに恐怖を感じた。
心の安寧はまだ到来しそうになかった。
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