第62話 そんなことよりなんか着ろ!
「なんで同級生なんて嘘を…… あんたたち双子で、年齢は、ごふ」
イリーネのボディブローが腹部に食い込んだ。思わず膝をつく。
「年齢の話は御法度っていいましたよね? アーネスト君」
イリーネが悪い顔でアーニーを見下ろしていた。
「ドワーフだからいいじゃないか……まだ若いんだし」
「エルフほど長命じゃないからダメです」
ロジーネが追い打ちをかける。
「こうみえてお二人は、
「こうみえて、って酷くない?」
[マエストロ!」
今度はジャンヌも含む、ドワーフ以外全員が驚いた。
巨匠とは職人の最高位にある地位を持つ称号である。
国家レベルでの最重要人物だと言われている。
「改めまして。
「姉が同級生といいだしたときは焦りました。【
二人が改めて自己紹介する。
「だからなんで同級生なんて嘘を……」
「いやー。若い子とキャッキャしたかったんです」
「いいですよね、若い子と触れあえる時間は。王都はむさい野郎が多いですので」
「その歳で言うか。ごふ……」
再びアーニーの腹部に拳が食い込む。
「おねーさん、学習しない子は嫌いといったよね?」
くの字にゆがんだアーニーの髪を掴みあげ、にっこりと微笑んだ。
「ごめんなさい」
あのアーニーがロジーネに対し完全に頭が上がらない。
「みんなにはさっきまでと同じ感じで接してよね!」
「お願いします」
ウリカたちにお願いするドワーフ二人に、三人は目を丸くしながらもこくこくと首を縦に振り同意する。。
「何話したんだよ……」
内容が怖い。ようやくイリーネが掴んだアーニーの髪を離した。
「君の学生時代、楽しかったこといっぱい?」
「ですね」
「怖すぎるわ! もういい。ここ風呂あるから入っていけよ」
とりあえず何が起きたか確認したい一心だ。
風呂へ誘導する。
「え? まじ? 入る入る」
「私も入ります」
個人宅に風呂があるとは思わなかった二人が飛びついた。
「二人なら余裕で入れるぞ。エルゼ案内と用意頼む」
「わかりました。お風呂はいつでも入れるようにしてあります」
残された人間全員に振り返って、ため息をついた。
「ふーやれやれ。酷い目にあった。ってあれ」
「アーニーさん。マエストロ二人呼ぶとか、非常識にもほどがあります」
ウリカのジト目が辛い。
「私の知ってるアーニーって誰だったんだろう……」
ポーラが遠い目で呟く。
「ポーラさん? 多分君の知ってるアーニーのほうが素だからね?」
「兄がアーネスト教とか作りそうで怖いです」
戻ってきたエルゼも会話に入りつつ、恐ろしいことを言う。
「それは全力で阻止してくれ。エルゼ」
逃げ出したくなる。
「僕っ子姉キャラかつ合法ロリ師匠ですか、マスター。もういっちゃってますね」
「飯風呂抜きがいいのか、ジャンヌ」
「ごめんなさい」
そう言ってる側から、イリーネが戻ってきた。全裸で。
「アーネスト君! 何あの風呂! 魔法帝国式の湯船じゃない! 誰が作ったの!」
「そんなことよりなんか着ろー! あほぅー!」
青筋を浮かべて怒鳴るアーニーは珍しい。
「そんなことより誰が作ったのか教えなさい! あほ弟子ー! あんな一級品の構造みたら気になって風呂どころじゃないっての!」
臆さず怒鳴り返すイリーネ。湯気でなんとか前が隠れていることが幸いだ。
「だからそんなことよりなんか着ろー! せめてタオル巻け! 上がってきたら教えてやるから!」
「仕方ないわね。あれは凄くいいものよ……」
仕方なく浴室に戻るイリーネ。子供が走り回っている感で色気は一切ない。
アーニーは机の上に突っ伏した。
「もうやだ……」
「アーニーさんを完封するなんて…… 私も師事しなければ」
「やめてください」
突っ伏したまま懇願するぐらい嫌らしい。
「フリーダムな方々ですね」
「フリーダムすぎるんだよ、先生たちは……」
「マスターをここまでするなんて」
「いいたいことがあるならどうぞ? ジャンヌ。いいぞ。今日は。なんでもいうがいいさ!」
「いえ。今日はお酌しますよ。飲みましょう」
「……おう」
「お二人とも食事しないと」
呆れ気味のエルゼだ。
「あの二人は話を盛るから、何か聞かされても信じないように。せめて俺に確認だけしてくれ」
「確認していいのね! じゃあ早速。十三歳の時、少人数で竜退治した話は本当?」
ポーラがわくわく顔だ。
「……それは本当」
「私も気になる話いくつかありました。亜人解放戦争の時、一夜城を作った謎の人物はイリーネ様とアーニー様だったとか? これエルフとドワーフが知ったら間違いなく大騒ぎですよ?」
「……う。まあそれも本当」
エルゼが珍しくジト目になって見詰めてくる。
亜人解放戦争。迫害されている亜人達救出のため、王国が軍を出したことがある。
包囲されたドワーフとエルフは奴隷になることを覚悟し、自決寸前までいった。
そこで現れた突然の城と軍勢によって救われ、王国は亜人達の協力で発展していくことになる。
もっとも新しい伝説とまで言われた一夜城の立役者が、エルゼの目の前にいるのだ。
エルゼはわざとらしく大きなため息をついた。それほどまでに呆れている。
兄が聞いたら卒倒し、エルフ族の会合で報告したら大狂乱になるだろう。そしてそれはドワーフ族も同じである。
「じゃあ誘拐された三歳の王女様を助けて悪の組織を壊滅させ、学校を退学して行方をくらましたのも本当ですか?」
ウリカが恐る恐る聞いてくる。
「先生たちそこまで話したのか!」
「それお姫様来るフラグじゃ無いですか。やだー」
ウリカが守護遊霊世界のスラングで叫んだ。
「フラグですね」
「立てちゃったね!」
ジャンヌとポーラがさらにダメ押しする。
「フラグじゃ無い! 当時アンコモンだったし」
「むしろアンコモンでそれだけやらかしたって相当だからね?」
ポーラも容赦ない。
「ああ。ピクピクするマレックが思い浮かぶ……」
マレックに報告した場合、どんな反応を示すか容易に想像できた。
「へー。ガチャ狂いのダメ人間。、むしろ人間? へー……」
エルゼの視線が限りなく冷たく、キャラが変わり始めた。酒もがんがん飲み始めている。
自棄酒のごとく呷っている。
「俺が活躍するのって大変なんだぞ。頻繁にスキル付け替える必要があるし。ソウルランク低かったから無能冒険者だったし」
「アーニー様。明日には大騒ぎになるのです。些細な言い訳はもはや無意味と知ってください」
「内緒に、って無理かな?」
「無理ですね。イリーネ様、ここの防壁作成の指揮する気満々でした。どうしてアーニー様とお知り合いかをお話するのに、一夜城の話は欠かせないでしょう」
エルゼがばっさり言い切った。
「俺さ。図面と手紙を送っただけなんだよ。あちこち引っ張りだこのマエストロが来るとは思わないし」
「仕事は全部放り出してきたって言ってたよ!」
ポーラが教えてくれた。
「うわぁ」
「そこ。呼んだ張本人が引かない」
「呼んでないし。近況報告と図面で添削してもらうだけだったんだって」
「来客ですし。猛プッシュされたので、ここの客間にお泊めすることになってます」
「私も泊まることができなかった客間がついに…… 着替え部屋以外の用途で!」
「それ普通だからね? ジャンヌさん」
召喚された当時を思い出したジャンヌがいた。
「ここに泊まるのか……」
「アーニーさん?」
「はい」
「しばらく外泊禁止ですからね! 冒険もです!」
「はい……」
力無く項垂れるアーニー。マエストロを放置して冒険など許されないだろう。
「学校ってどこでしたっけ?」
エルゼがさりげなく聞いた。
「ああ。中央の
「魔法学園都市!」
再び三人が同時に声をあげる。
「あ」
「引っかかりましたね」
エルゼの巧妙な誘導尋問であった。
中央の魔法学園都市。
第二王都ともいえるこの都市は、現存する知識や技術の粋を結集した都市で、それぞれ各学問の卓越した技能を持つ者だけが入学できる。
学園が一つの町そのものが大きな特徴であり、名門学園である。
王国を支える頭脳であり、並大抵では入学できない。
「呆れて物も言えません」
エルゼの視線が恐ろしいほどに冷たくなる。
「ほら、中退だし。ポーラも入学していたし」
「あー! だから魔法総合都市の入学試験の時、わかりやすいアドバイスくれたんだ!」
ポーラが叫んだ。
「どんなアドバイスを頂いたのですか?」
「得意科目一芸突破、だったよ。師匠に得意なものをとことん伸ばしてもらうように、ってアーニーに教えられたからなんとか入れた」
「皆、総合能力を平均的に上げようとするからな。それだと得意な分野が伸びないだろ? 研究機関ってその分野そのものに貢献する人間を育てることが目的なんだから」
「私、後輩じゃん! 教えてくれても良かったのに! 後輩攻撃できたのにー! ひどいー! 今更遅いよ!」
「中退で先輩面できるか」
裏切られて憮然とした表情のポーラと、慌てるアーニー。
「もうダメだ。ウリカ。お願いがある」
「なんでしょう、アーネスト様?」
「やめて。その呼称やめて」
「冗談ですよ――今は」
アーニーの知らない面がたくさんでてきて、ウリカがちょっと拗ねている。その意趣返しだ。
「俺が悪かったから。マレック呼んできて」
「マレック?」
「マエストロ二人きてるから挨拶どうする?って言えば来るだろ。夜だし。領主様がご挨拶しないとまずいだろ」
マエストロが地方の町に立ち寄ろうものなら、それだけでパレードものだ。
「どうする? って言うレベルの訪問客じゃないですからね! マエストロ二人って響きだけで異次元ですからね? マレックをまずい状況に追い込んでる人はアーニーさんですからね?!」
「もう説明は今日中に終わらせたい」
疲れた声を隠す気もなくなったようだ。
「それもそうですね。仕方ありません。今からいってきます」
ウリカはマレックを呼びにいった。マレックにとっては昼前ぐらいの時間であろう。
「夜はマレック様交えて女子会続行です。ジャンヌさんもご参加どうぞ。アーニー様は早めにお休みを」
エルゼが仕切り始めた。
「もっちろん! そうか。マスターは寝た方がいいか」
「マレックだけ女子会って酷いだろ。俺は寝てていいのか」
「マレック様は酒の肴の美形枠です。寝ろという提案は気を遣ってのことですよ? 大丈夫です。起きていても苦しいだけですよ」
「黒いよ、エルゼ。怖いよ」
「黒くなーい、黒くないです。真っ白ですよ? ご覧になられますか?」
「脱ごうとするな! 酔ってるなエルゼ!」
背中の紐を外し、布を胸で押さえて挑発的に迫るエルゼを慌てて止める。
「マスター。冗談抜きで寝なさいよ。当分迷宮探索なんて出来やしないから」
「変なフラグ立てないでくれる、ジャンヌ」
「予言といってくださいな!」
深夜の宴がどのようになるか、アーニーは想像したくもなかった。
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