第38話 鮮血の姫君――魔王の伝承

【本文】

 邪神の【使徒】をマレックに引き渡したあとパイロンと解散し、アーニーは自宅に戻っていた。ウリカとエルゼもいる。

 

「あの男は一通りの尋問は終えた。あとは詳細を吐かせるのみだ」


 マレックが家に来訪し、【使徒】の件を切り出した。よほど急ぎの件だったのだろう。


「俺たちが領主宅にいってもいいんだけどな」

「冷えたワインにウリカの手料理があるんだ。つれないことをいわないでおくれ」


 ワイングラス片手にうそぶく。同じ椅子のはずなのに、彼が座るだけで高級品に思えてくる。


「私が狙われているということは、魔神の血に関することですか?」


 ウリカが思い詰めた表情で話を切り出した。


「忌々しいことだがその通りだ。とてもとてもひどく、不愉快な話だ。あの男、血一滴無駄なく利用しなくては」

「情報が欲しいな。しかし、俺が…… ウリカの話を聞いて良いのか」

「覚悟を決めたまえよ、アーニー。少なくとも邪神の手先に対抗できる者は、君と君の守護遊霊しかいない。いや、いるにはいるんだろうが、ウリカを守ることが可能な距離にいる人物は、間違いなく君だけだ」

「覚悟はとっく、だよ」

「であろうな。ウリカの生まれを。ああ、エルフ娘よ。君も聞くといい。同じ守護遊霊の加護を受けている身だ。他人とは扱わないよ」

「ありがとうございます」


 部屋をでるか思案していたエルゼだったが、マレックの言葉に改めて耳を傾ける。


「ウリカもいいかな? その顔をみるといまさらか」

「アーニーさんには全てを知ってもらいたいです。おじさまお願いします」


 ウリカも真剣な顔だった。


「では私が話そう。まず叔父と言われているが、血縁関係はかなり遠い。私は、ウリカの両親に召喚されたからね」

「吸血鬼だもんな」

「ああ。ウリカの両親は魔神の末裔で、魔法帝国の王族直系にあたる」

「直系か!」


 姫様といわれるはずだ。もしその素性が割れたら戦争が発生する。

 現在の帝国は魔法帝国の直径を自認しているが、その根拠は乏しい。


「とはいっても、先代はひどいものだった。迫害されてこんな曳地に落ち延びてね。追い詰められた挙げ句、私を召喚したのだから」

「迫害――ウリカもいっていたな。紅い瞳は迫害されると。俺も聞いていたが、そこまでひどい地域があるとは」

「そうだとも。だからこの名も無き町は全てのものに対して寛容だ。敵意がない限りはね」

「納得だ」


 町をみる限り、アーニーも実感しているところだ。


「さて迫害された経緯を話そうか。二千年前の召喚戦争、知っているか?」

「知っているよ。守護遊霊たちがやらかした戦争だな」

「異世界の強大な魔物を呼び寄せ、覇権を競う。しかし、呼び寄せる魔物が強大化の一途を辿り、ついに召喚主が制御できなくなった」

「本当にやらかしてんな……」


 自業自得そのものであり、今の世界における教訓だった。


「そのとき封印されし魔神が、自分の血族を使って世界を維持することを決めた。そのときに創り出したシステムが、【魔王】だ」

「魔王って度々現れるラスボスみたいな奴だろ。ほら勇者に倒されるという」


 魔王は当然ながら現実世界から伝わったスラングだ。勇者とは壺やタンスを漁る旅芸人の異名だった。本来は別に勇者というクラスが存在するらしいが、詳細はアーニーでさえしらない。


「そうだな。魔法帝国が滅びる原因にもなり、それ以後もたびたび現れている」

「魔王は何ができる?」

「魔王になると、全ての主なき魔物を従えることができるという。魔法帝国も召喚主がいなくなり暴走した魔物を平定した魔王の一人が造り上げたとも言われていた」


 アーニーは絶句した。その言葉が本当なら――


「そうだ。まさに世界を統べる力だ」


 マレックが肯定する。


「しかし、魔王は本来一代限りのはずだった」

「過去形か?」

「古代帝国成立前の話、今は喪われた伝説だ。――魔王が制御に失敗したときに備え、王族に力を与えた。魔王の力を比類する存在をな。その条件は、魔王の伴侶、及び第一子だ」

「魔王のほかに二人いる、てことか」

「うむ。魔王の伴侶は【鮮血の姫君】と呼ばれている。第一子は魔王が不慮の事故によりなくなった場合のみ、継承する」

「一代限りなんだろ?」

「【魔王】は、一代限りだ」

「なんだ、それ」


 引っかかる言い方だ。


「魔王の力を悪用し、支配しようとした神がいたのさ」

「それが邪神、てことか」

「その通り。魔王は一代限り。結局第一子への継承も発生しなかった。そしてその後。子孫が魔法帝国の礎を築いたのだ。本来二度と魔王は復活しないはずだった」

「だが、何かが起きた?」

「一代限りは魔王のみだったのさ。【魔王】のシステム自体はまだ生きていた。正確には【鮮血の姫君】の覚醒は適応外だった。邪神は人間をそそのかし【鮮血の姫君】を復活させた」

「神様や守護遊霊って連中はすぐ仕様の穴を突きにくるよな」


 アーニーの守護遊霊が聞いたら抗議してきそうな発言だ。


「まったくだ。――邪神は【鮮血の姫君】のシステムに改変を加えた。男側に魔神の因子がない場合、魔術によって母方だけの魔王因子を抽出し、魔王を作り出す。そんなシステムだ」

「ややこしいな。つまり、旦那の伴侶が【鮮血の姫君】になるシステムを、鮮血の姫君から生まれる第一子が魔王になる、そんなシステムか?」

「そういうことだ。そして改悪システム、思わぬ弊害を生み出した」

「まだあるのか……」

「聞け。【鮮血の姫君】の伴侶もまた逆説的には【魔王】だ」

「問題はそこか!」

「察しが良いな。魔神の血族ではなくても魔王になれるんだ。鮮血の姫君の婿になればね」

「最悪だな。なんて仕様の穴だ」

「それが原因で、魔法帝国は滅んだ。私からみても滑稽だったよ。煽ったものは邪神とその使徒たちだがね。度々現れる魔王も、不幸にも顕現した鮮血の姫君から生まれた者、だ」


 沈んだ顔のウリカが呟いた。


「今日のあの【使徒】が現れたってことは…… 私も鮮血の姫君になってしまうんでしょうか……」

「そんなことは私とアーニーがさせない」

「絶対に、な」


 二人は視線を合わせ、決意を新たにする。マレックは話を続ける。


「魔法帝国には魔神の力が強い者が何人かいてね。その中の皇族が【鮮血の姫君】として覚醒してしまった。彼女を巡って、皇族以外のものが争い、そして帝国は滅んだ」

「手に入れたら【魔王】だもんな」

「そういうことだ。これ以上にない下克上だろ?」

「存在自体、のか……」


 一人の女を手に入れることで、人間を超えることができる。

 力持つ者にとっては魅力的だっただろう。


「それからだよ。皇族の血筋、紅い瞳を持つ者が迫害された始まりだ。真の意味を知っている者は拉致し確保しようとし、知らぬ者は世界を滅ぼす魔物の血として忌み嫌った」

「ふざけるなって話だ」


 アーニーは本気で怒っていた。

 ウリカはそんなアーニーをみて、困ったような、嬉しいような、困惑した表情を浮かべた。


「帝国も滅び、私はさっさと眠りについた。馬鹿者どもに付き合うのも疲れるのでね」

「あんたは正しい道を選ぶんだな」

「正しいかはわからないね。――そして30年前、召喚された。血筋の縁によって」

「ウリカの両親か」

「その通り。彼女の母親が私の一族の末裔であり、魔神の末裔でもあった。冒険者の男が彼女を救ってね。身寄りのない戦争孤児たちとともにこの場所を開拓しようとしていた」


 ウリカのほうをみた。ウリカもこくんと首を縦に振る。


 亜人狩りは数十年続いた。終息した時期はほんの10年前だ。

 15年前は亜人を保護する方針を固めた王国と、亜人狩りを主張する帝国の戦争があり、王国が辛勝した。


「この場所で生きることは容易ではなかったと聞いています」

「彼らは諦めなかった。そしてなんとか暮らせるようになったとき、亜人狩りの尖兵がこの地まで追ってきた。彼らは願い、私を呼び出した」

「マレックがきてくれなかったら、全員死んでいたとエルフから聞いています」


 ウリカの表情に陰りがみえた。


「まさか町を作るのを手伝ってくれと言われるとは思わなかったけどね」


 ワイングラス片手に一気に飲み干し、ボトルから注ぎ直す。


「しかし彼らもまた不運だった。およそ15年前ウリカが生まれてすぐ、森の外で殺された。亜人の子供たちを守るためにね。町の発展に子供の育成、不死者には辛い仕事だ」

「それでも、ウリカを育て町を発展させた」

「不死でも情は湧くさ。ウリカは私の妹の面影もある」


 マレックは遠い目をした。


「それ初耳です、マレック……」

「言わなかったからな」


 マレックは苦笑した。彼にとっては数千年前の話なのだ。」


「昔話はこれぐらいだな。新しい厄介ごとの話をしよう」

「尋問中のあれか」

「そうだ。奴らはこの町で冒険者をしている、紅い瞳の娘を探すべく冒険者を襲撃していたらしい。冒険者狩りに偽装しながら、な。目的は【鮮血の姫君】候補者だ」

「私が冒険者をしていると、知れ渡っている?」

 

 ウリカは背筋が凍る思いだ。自分のしらないところで自分が知れ渡っていることなど想像もしたくない。


「極秘情報みたいだぞ。情報の仕入れ先までは知らなかったようだ」

「気持ち悪いです……」

「お前を鮮血の姫君なぞに絶対させない。早々に極秘情報を持っている一握りを片付ける。アーニー、頼んだぞ」


 もとより承知の上だ。アーニーも力強く首肯する。


「ウリカを狙っている者は残り二人。今回は闇の力を持つ者。残りは大地と炎、聖と水の力を持つ者。魔法さえも召喚する、厄介な連中だ」

「二人で済むのかな?」

「邪神としても広まって欲しくない情報だろうな。魔王がらみの話は。少なくとも大がかりな人数動員はなかろうよ。いたとしたら、そいつらを統べる【使徒】だから三人だ」

「今なら一人一人倒す対処療法のほうがましってことだな。敵にしてもライバルは少ないほどいいってわけか」


 あまり大きく広がるとこの町全体が戦禍に見舞われる話にもなる。そうなればウリカを連れて旅立つだけだが、故郷が自分のせいで焼かれるなどウリカも耐えがたいはずだ。


「あの邪神の徒。どうやら召喚戦争時代のさらに前、その起源となった法則をもとに力を引き出しているらしい」

「守護遊霊から聞いた話とつじつまはあうな」

「強引とも言いがたい、デタラメな力の引き出し方をしているみたいだがな」

「付けいる隙はある」

「私も守りは固めよう。では話はこれぐらいにしておこうか」

「よくあの男もぺらぺらしゃべったな」

「こう指を直接頭に食い込ませて――」

「もう十分」


 アーニーが慌てて止めた。

 ウリカとエルゼはテーブルの後片付けを始め、台所に運ぶ。

 その隙に、アーニーはマレックに切り出した。


「……なあ。帝国の【鮮血の姫君】ってあんたの妹だったか?」

「どうしてそう思うかな?」


 彼の口下にほんの少し笑みが浮かんだ。苦笑いの類いだろうか。


「そうだな。【魔王】について詳しすぎる。何よりウリカが覚醒しているのを怯えているようにさえ思える」

「――ふっ」


 マレックは鼻で笑い、返事はしなかった。

 アーニーにはそれで十分だった。


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