第57話 教えてもらった事情②
「えぇ!? な、なんでそんな事を!?」
「おぉっと、落ち着いて太一」
太一はまた大声を上げずにはいられなかった。
そんな事をすれば、昴は余計に荒れ狂ってしまうのではないかと心配になったからだ。
だが、そんな太一の心配は杞憂だったようだ。
あんな状態の傷ついた由貴からも相手にされなかった昴は、そこで自信をなくし、すっかりと落ち込んで静かになってしまったらしい。
惨めな想いをしていた由貴からも見向きもされないという状況は、プライドの高い昴には耐えられなかったのだろう。
そして、昴をそんな状態にする事が由貴と明里の作戦の目標だった。
明里は昴からあんなにも理不尽な目に合わされても、なんとか話し合いで昴に反省して欲しいと考えていたらしい。
だが昴は恋に盲目を通り越して、自分の想いを優先するあまり今では完全に暴走してしまっていた。
そんな昴に真正面から話し合いを持ちかけても、まるで聞いてはくれないだろう事は分かり切っている。
「田端さんは赤羽君と話し合いたかった。けど今の赤羽君は素直に人の意見を聞いてくれる状態じゃない。それならどうするか、話しを聞いてくれる状態に無理やりするしかないよね」
「えっと、それって」
「強制的に落ち込ませて、自分の行いを顧みるきっかけを与えたの」
由貴と明里は、昴と冷静に話し合いをするために、一度昴にはかなり凹んでもらう必要があると考えていたのだそうだ。
そのために二人は協力してあの状況を作りだした。
まずは二人ともが太一に夢中だという姿を見せて昴に軽いショックを与える。
そして、由貴を慰めるチャンスだと寄って来た昴に、さらに追い打ちをかけた。
昴はこんな状態の由貴からも相手にされなかったせいで酷くショックを受け、今では完全に落ち込んでしまっているらしい。
こうして二人は、見事に昴の暴走を止めることに成功したのだ。
「ちょっと乱暴な作戦だけどね。まぁ田端さんもそれで納得してたし、赤羽君が太一と田端さんの二人にした事を考えればこれくらいはね」
すっかりと落ち込んだ昴は、暴走していた時の様子が見る影もなく、今は明里に見てもらっているらしい。
ここまで来れば後は全員で話し合いをするだけだ。
落ち込んで人の言葉を素直に聞ける精神状態になった昴に、いくら恋に夢中になっていたとはいえ、よくない事だったと伝えれば、流石に反省して元の昴に戻ってくれるだろう。
由貴と明里はそう確信しているようだ。
「けどね、その話合いには太一の力も必要なの」
「僕の力が?」
「そうだよ。三人は大切な幼馴染なんだから、今の赤羽君なら、太一と田端さんの言葉をしっかりと聞いてくれるはずだよ」
「由貴さん、そこまで考えてくれてたんだね」
由貴から一通り事情を聞き、太一は裏でそんな事が起きていたのかと驚いたが、すぐにもっと重要な思考へと切り替えた。
結局のところ、やはり明里は無理を押し通していたのだろう。
太一は最後まで明里を説得できなかったが、あまり関りのない由貴に助けを求めるくらい本心では苦しんでいたという事だ。
明里が由貴には本心を吐露したのは、たぶん由貴の人柄ゆえにだろうと太一は思った。
太一も由貴には精神的に助けられてきた。
そんな優しい由貴なら、同じ女性として明里の本音を引き出す事ができたのかもしれない。
太一は改めて自分の無力さを痛感し、それ以上に、明里のためになんとしても昴を改心させなければと決意した。
「やろう。二人のおかげで、話し合いだけで解決できそうなところまで来たんだ。このチャンスでしっかり昴を説得しよう。僕も頑張るよ! 明里のために、それに、昴のためにも」
「うん。もちろん私もいてあげるからさ、アレに乗ったつもりでいてよ」
由貴の存在は太一にとって心強いものだった。
最近の昴はは明らかにおかしかった。
好きな人に近づくためとはいえ、明里にまで無茶な命令をするとは思わなかったし、まるで道具のように幼馴染を利用していた昴は、間違いなく自分を見失ってしまっていた。
明里のためというのはもちろん、これからのためにも昴は絶対に元に戻さなければならない。
もし、ここまでしてもまだ明里と太一の言葉を昴が聞いてくれなかったとしたら、そこからは由貴の出番だ。
好きな相手である由貴の話になら昴だって必ず耳を傾けるはずだ。
そこまで考えて作戦を立てた明里と由貴は流石としか言いようがない。
そして、由貴の話しでは明里はこうも言っていたらしい。
『昴を止められなかったのは私の心が弱かったせいなの。本当に大切なら、勇気を出して意見を言うべきだった。話し合いをして、昴が元に戻ってくれたら、いつまでも恥ずかしがらずに、自分の気持ちを表に出していくわ』と。
決意を固めたような明里の話を由貴から聞いて、太一も嬉しくなった。
「まぁそれぞれの好きだとかの感情は置いておいてさ、ちゃんと本音を伝えあって、まずは正常な関係に戻らないと、ね」
由貴の言葉に太一は頷きを返した。
由貴も笑顔で頷いてくれる。その笑顔を見ているだけで、太一はこれからの事がきっと全て上手くいくと、そう心から思うが出来たのだった。
「本当にありがとう由貴さん。僕、昴があんな状態なのにどうやって解決するんだろうって、ずっと不安だったんだ。もしかしたら、凄い過激な事も必要なんじゃないかって……でも昴をこれ以上傷つけるような事はしたくなかったから。だから、由貴さんのおかげで、話し合いで解決できそうですごく安心したよ」
それは太一の本心だった。
いくら昴から理不尽に扱われて憤りを感じても、臆病な太一に考えられる解決策は話し合いしかなかった。
だから明里にも公園でそう持ち掛けたのだから。
「ふふ、どういたしまして。太一は優しいからねぇ、そういうふうに考えるだろうなぁって思ったからこその安心安全設計だよ」
大切な話し合いは、明日の放課後。
それまでは昴に変な警戒心を抱かせないために、昴への下手な接触はさけることになった。
明日の話合いが上手く行けば、昴も正気に戻って普通の方法で由貴と距離を詰めるだろう。
その事を考えると、太一は胸が痛むような気がしたが、深く考えないことにした。
明里だって今まで以上にしっかりと昴に向き合うはずだ。そうなれば、これからは昴も明里を意識するようになるかもしれない。
太一にとっては、どちらにしろ寂しい想いをするかもしれない状況。
だが、太一はそれでいいと思えた。
太一にとって一番大切なのは、大切な幼馴染たちのことだからだ。
昴と明里が自分たちの気持ちと向き合って、今度は変な事をせずに気持ちを伝えあえば、どんな形に落ち着いたとしても納得できる。
夢のようだった由貴との日々が惜しいとは言わない。けれど、自分には不相応であり、今までの日常の方が相応しいと太一は思った。
太一は、また三人で仲良く過ごせる日が来るのを一番に願ったのだった。
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